ショートストーリー

2014年7月13日 (日)

Enginner from S company

「先生、また、302号室の患者さんが暴れています」
「また、あの人か。なんだって、いつも、こうなんだ」

ターミナルケアを歌い文句にしている病院、ここには直る見込みのない
患者が入院、死ぬまでの期間をゆっくりと過ごす。
誰もが若いころの思い出を近親者を語り合いながら、ゆっくりと
その日の来るのを待つ。

それまで、医療機器につながれ、まるで、配線だらけのロボットの
ようにすごしてきた人たちが、ここでは人間らしさを取り戻し、
医薬品は研究的な治療のためではなく、苦痛を取り除くために
使われる。

302号室の患者。
彼は、身寄りがなく、終身医療保険の会社が送り込んできた。

すでに、意識は混沌としていて、時々大声を出すばかり・・・
しかし、時々意識が戻ると、視力はしっかりしていて、
なにやら気に入らないものを見ると、大声を上げて手足をばたばた動かす。

「しょうがないな、今、どこにいるんだ」
「ラウンジに車椅子で移動させた所なんです。
すこしでも、他の患者さんと交流できればと思って」

医師がラウンジに行って見ると、302号室の患者は一応おとなしくなっていた。

「いったい、何があったんだ」
「わかりません。ただ、テレビが映らなくなったので、メンテナンス部の
人が、チェックしに来たんです。そうしたら、突然暴れ始めて・・」
と、若いナース。

「いやー、びっくりしました」と、メンテナンスの男。

「テレビが映らないって言うんで、Airの方ならなんともなくて、
ネットのほうが映らないんで、チェック画面を出してどうなってるのか
見てたんですが、よくわからないので、ネット配信会社へ電話して
指示してもらって、いろいろ確認してもらってたんです」

「で、テレビは直ったのか」

「いやー、私には、最近のハイテク機器ってやつはわからなくて、
配信会社の人が、こっちへ向かっているんです」
「早くなおしてもらわないと、皆さんが楽しみにしている
水戸黄門がはじまっちゃうし」

そのときだった。
若いナースがそばについて、なにやらたわいもないことを話しかけて
なだめられていた302号室の患者が、突然自分で車椅子を動かして
近づいてきた。
しきりとキーボードを指差す。

「えー、まさか、キーボードをとろうとしてるんじゃ」
「君、すまんが、そのキーボードを渡してやってくれないか?
どうせ、今、動作しないんだろ?」
「いいですよ。でも、それでどうするってんですか?」
「いいから」

302号室の男はキーボードを受け取ると、抱きかかえるようにして一本指で
操作し始めた。

「あれ、何やったんだろ? こんな画面、見たことないぞ」

ネットテレビは、突然デバッグモードになり、真っ黒なウインドウが現れた。
302号室の男の操作が、その画面上にコンピュータ言語の文字を並べる。

「あれ、このコマンド、配信会社のセミナーで習ったやつだ」

メンテナンスの男が声を上げている間に、ネットテレビは再設定され、
画面がリセットされ、以前のようにネットにつながった。

老人たちが楽しみにしていたネット配信の時代劇が始まると、
皆、テレビの周りに集まってくる。

更に、302号室の男が操作すると、画面の明るさが変化して
自動映りこみ防止モードになった。

「あれ、このモード、ちゃんと動くんだ。メーカーの人が
設置に来たとき、いくらやってもうごかなかったのに」

メンテナンスの男がいうまでもなく、調子がいまいちだった
ネットテレビは、だれの目にも、今、きちんと動いていることが
よくわかった。

やっと現れた、ネット配信会社の人が、なにもすることなく
帰り、やがて夕食の時間になり、そのあと、いつもなら自室に
もどってしまう老人たちも、その晩はラウンジに残っていた。

302号室の男は、ただ、だまって穏やかな顔で、テレビの周りの
皆の様子をながめているだけだった。

翌朝、早朝担当の看護士が、302号室の前を通りかかり、
ふと、胸騒ぎがしてドアをあけて中をのぞいた。
そこにはおだやかな顔をして、永遠の眠りについた男の姿が
あった。

その日の夕食後のラウンジの話題は、もっぱら302号室の男のことだった。

「なあ、あの人、302号室の。なんて名前だったっけ?」
「えーと、ねえ、どなたか、知ってらっしゃる?」
「あの人はね、有名なSって会社のネットテレビの設計の
中心人物だった人だよ」
「つまらん派閥抗争で、こころざし半ばで退社させられて、
当時は経済紙なんかにわりと取り上げられたんだ」
「心労なんだろうな。倒れてしまって、それを一人で看病していた
奥さんが過労で先になくなってしまって、一人、ここへ来たんだよ」

「なんでまた、あなたはそんなに、お詳しいの?」
「そりゃ、昔の上司だもの、詳しいですよ・・・」

(おしまい)

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2008年10月18日 (土)

母の残したおまもり

「いいかい、本当に困った時だけ、このおまもりの中を見なさい」

はじめて母がおまもりを手渡してくれたのは、高校を卒業して
短大に入ったときだった。

それからは、毎年、新しいお守りを新年度ごとに渡された。
「ふつう、お守りって、初詣のときに、あたらしいのをもらって
古いのをお返ししてくるんじゃないの?」

ちょっと、冷やかしっぽく言うA子に、「いいんだよ、4月はいろんなことの
節目なんだから」と、母は答えたもんだった。

その母も、もういない。
A子が幼いころに夫を事故でなくしてから、ずーっと女手ひとつで
家庭を守ってきた母、忙しく働きながら、A子を育ててきた母、
その母に、癌が見つかった時には、すでに手遅れだった。

(お母さん、わたしのために、自分の健康を犠牲にしてたなんて)

「・・・と、いうわけで、このプロジェクトしだいで、
わが社の今期の業績は、大きく左右される。これは大げさな話ではない」
部長の話が誇張でないことは、誰もがわかっていた。
A子もそのプロジェクトの一員として、資料を作ったり、取引先への
プレゼンに参加したりして、業界では中堅のこの会社が、
生き残りをかけていることは良くわかっていた。

そのとき、会議室に、物流担当者の男が飛び込んできた。
「部長、今週の納品分のコンテナを積んだパナマ船が、東シナ海で
座礁してしまいました。コンテナの大半が、水没したそうです」
「なに、うちの荷物もか?」
「はい、15コンテナあるうちで、水没しなかったのは1つだけだそうです」

それからは、悪夢の連続だった。
全員が毎晩終電まで残業して、輸送保険の請求やら、代替の商品の手配
やらをこなしながら、平行して新しいプロジェクトの準備も済ませた。

「部長、大変です。合い見積もりって言い出しました。
ライバルのXX社が、ちょっかいを出してきたんです。
30%以上、コストダウンして、再度見積もりを持って来いて言うんです」

「なに、30%だって、それじゃあ、持ち出しだ」
「もう一度、原材料コストを見直ししましょう」
「輸送手段は、他にないのか、人件費は?」

全員が必死で働いて、やっと、10%のコスト見直しをして
取引先に持ち込んで、プレゼンをやりなおした。
しかし・・
営業担当が聞き込んできた話は最悪だった。
そもそも、今回の商談は当て馬だというのだ。

「向こうの専務の娘婿の親類だかなんだかと取引をしたくて
うちを当て馬に使ったんだそうだ」
「でも、なんでそんな低コストで納品できるかはわからないんだ」
「もっぱら、なにか裏があるんだろうってのがあっちの社内のうわさだそうだよ」

当て馬でもなんでもいいけれど、すでに設備投資の契約を
締結しているので、このままでは違約金をはらうことになってしまう。

A子はその晩おそくに帰宅しても、なかなか寝付かれなかった。
(こういうときに、おかあさんならどうしたんだろう)
まだまだ女子社員はお茶くみ扱いだったころから中堅商社で
男に混じって働いてきた母の苦労をしのんでいると、いつしか
朝になってしまっていた。

簡単な朝食を作り、TVを点けて、新聞をみながらトーストをかじる。
手早く着替えて、バッグにのばした手がすべって、バッグの中身が
床に散らばった。

あわててちらばった物を集めていると、母のくれたおまもりに
手がふれた。
ふと、持ち直してみると、おまもりにしては硬い。
そっと開けてみると、中から出てきたのは神社の御印の紙にくるまれた
メモリースティックだった。
(おかあさん、これはどういうこと)
あわててノートPCを起動する。

A子へ、この手紙を読んでいるってことは、もう、おかあさんは
いないってことね。
一人で生きていくのは大変だろうけれど、自分を見失わないで
なにがあっても自棄になってはだめよ。
万一のときに、あなたの助けになりそうな知り合いのリストを
入れておきます。
この人たちは、お母さんの唯一最大の財産です。
それをあなたにあげるから、大事にしなさい。

添付されていたエクセルファイルを開いてみると、そこには
業界関係者や役人の名前が並んでいた。

それぞれに、出会ったときのエピソード、なにかお願いする時の
キーワード、面談の取り付け方などが、列挙されている。

A子は立ち上がると、携帯から会社に電話を入れた。
「部長、社長を捕まえて、四井銀行へ融資のお願いをしに行きましょう」
「A子君、なに寝ぼけてるんだよ。この間、こっぴどく断られたときに、
君も一緒だったろう」
「いえ、本店に乗り込むんです。コネを見つけたんです。いまから
アポを取りますから、社長にお話しておいてください。また電話します」

四井銀行の頭取室の直通電話に掛けると、秘書が出た。
話の感じからすると、母と同年代のようだ。
最初は冷たい応対だったが、A子が名乗ると、態度が一変した。
「ええ、もちろん頭取には時間をとらせるわよ。それにしても
あなたのお母さんはお気の毒だったわね」
「午後一に経団連から戻ってくるから、食事をしながらになるけど
とにかく会ってもらうわ。12時半に、正面受付に来て、私の名前を言ってね」
「あ、昼食は取らずに来てね、後で私につきあってほしいから」

出社すると、社長と部長が待っていた。
「資料は先週の再融資のお願いに、支店に行った時のがあります」
「資料はいいけど、なんでそんなコネが見つかったんだ?」
「なくなった母の知り合いが、頭取の秘書さんをされてるんです」
「たまたま、けさ、それがわかったんです」

「とにかく、だめもとでもいい。社長、頭取に会ってお願いしましょう」
「そうだな、とにかく、話を聞いてもらうことだな」

メガバンクの本店は外から見ると古めかしいビルだが、中に入ると
どこもピカピカに磨きこまれていて、歴史を感じる。
受付で名乗ると、それまで小馬鹿にしたような態度の受付が、いきなり立ち上がり、
「お待ちしていました。頭取秘書室へご案内いたします」
と、いそいそと外から見えないところにあるエレベーターに案内した。

最上階の頭取秘書室は、古めかしいじゅうたんにはそぐわない、最新の
ハイテク機器に囲まれていた。

キーボードをたたきながら2台のディスプレーを交互に見ていた、品のいい
スーツを着た女性が立ち上がって出迎える。
「あなたがA子さんね、お母さんの若いころにそっくりよ」
「さあ、どうぞ、もうすぐ頭取が戻ってくるわ」

TVの経済番組で見たことのある恰幅のいい初老の男性が戻ってくると
いきなり「A子さんか、お母さんのお葬式には行けなくて本当に失礼した」
と言い出し、母との思い出話を始めた。
「・・・というわけで、駆け出しの支店長だった私は、融資先企業の
おかあさんに、逆に書類の不備を教えてもらい、懲戒免職をまぬがれたんだよ」
「頭取はね、このお話は、本当に信用している身内の人にしかお話ししないのよ」

もっぱら恐縮しているだけの社長と部長に代わって、A子が再融資のプレゼンを
はじめようとすると、頭取にさえぎられた。
「それは、支店長から聞いたよ。まあ、支店の立場ってのもあるんで
失礼のほどは勘弁してやってくれないか。あの男は、冒険ができない性質
なんでね。帰りに支店によって、書類を受け取って手続きしなさい」
「え、と、いいますと、再融資は」
「ああ、満額融資させてもらうよ」

あたふたと昼食を終えた頭取が、次の予定に向かった後、A子は秘書室に
残るように言われた。

「そうなの、それは大変ね。でも、おかあさんのお守りを開けてよかったわ」
「お守りの話は聞いてたわ。あなたの会社のライバルってXX社でしょう?」
「お守りの中に、産業経済省のだれかはいないの?」
「ちょっと見てみます。あ、N主査って名前があります」
「じゃあ、いますぐここで電話しなさい。私と一緒にいるからって」

電話の結果は意外だった。環境庁のロビーで待ち合わせをしようと
言うのだ。
A子は会社に連絡を入れて、再融資がOKになったと喜んでいる部長に
まだ帰れないことを伝えた。
「無理に帰らなくてもいいよ。秘書さんといっしょに夕ご飯でもするんだろ?」
「あまり高いところへは行くなよ。再融資OKとは言っても、交際費は
そんなに出せなからな。まあ、ちょっとくらいならいいけど」

部長の勘違いはそのままにして、A子は環境庁へ移動した。
「あなたのお話のXX社は、うちの役所のなかでも扱いを苦慮していたんです。
でも、先ほどの電話で、GOが出ました。表向きは、環境庁の査察ですが、
実際は、輸出規制違反です。まずは、いわゆる別件逮捕ってやつですな」

天然スキンヘッドの小柄な男は、不気味に笑った。
「お母さんには、昔、YY事件っていう、不正輸出事件でお世話になったんです」
「当時、精密工作機の中堅に、大手商社のYYがちょっかいをかけたんですな」
「お母さんは、せっかく契約がとれた工作機械をYY社に横取りされかけて
困っていたんですよ。で、私と利害関係が一致したんです」
「こんな昔の話、あなたは小さかったから知らないだろうけど」

いや、知っている。A子が朝起きると、どこから買ってきたのか、
大手の新聞がすべてそろっていて、母は一心に切り抜いていた。
「おかあさん、なにしてるの?」
「あ、A子かい、おはよう。悪いことをした人がつかまって、
新聞に出てるんで切り抜いてるんだよ」

A子には、なぜ、その報道だけが切り抜きに値するかがわからなかった。
その日の晩は、いつものアニメの時間になっても臨時ユースをやっていた。
母の切り抜きの写真の男が、何度も頭を下げる映像が繰り返し流れていた。

「あの、YY事件って、母が関係してたんですか?」
「お母さんは、ただ、工作機器の契約が反故にされそうな事情を教えてくれただけだよ」
「それが私たちの査察の大きなきっかけになったんだけどね」

「あの後で、母は私を香港へ連れて行ってくれたんです」
「正直言って、子供にはあんまり面白くなかったですけどね」
「その話、聞いてるよ。正式契約に出張しなくちゃなんなくて、
君をどうしようと悩んでたお母さんに、連れて行けばいいって言ったのは
私だよ。仕事中はホテルのシッターをたのめばいいってね」
「会社は御褒美のつもりだったみたいですけどね」

話しているうちに、環境庁の中の奥まったエリアに入り込んでいた。
「ここは、一般人は立ち入り禁止なんだよ。でも、君はいつでもOK」
二人を出迎えた時代遅れのまんまるめがねの男が話しを引き継いだ。
「そうさ、A子君なら霞ヶ関は、どこでもフリーパスだよ」
「さーて、XX社の話を聞こうか、えらい安い見積もりを出してるだろう?」

A子が業界の標準的な価格構成と、XX社の見積もり価格の
不自然な部分を説明すると、男たちは顔を見合わせて不気味に笑った。
「で、これからなにがおこるんですか?」
「まあ、明日の新聞を楽しみにしてるんだね」
「ヒントをあげよう。国際的に違法とされてる化学物質を使えば、
高価な原料が安く出来ることもある。ただし、危険な成分の含まれた
製品が市場に出回ることになって、普通なら大変な問題になるだろう」
「まあ、きちんと監督すべき機関が仕事をしていればだがね」

A子にも、なんとなくわかってきた。XX社は、どこかの環境規制のゆるい
発展途上国で、使用が禁止されている原料を使って作った部品を
違法な手段で入手して、製品に組み込もうとしているのだ。
そして、それを検査する機関も巻き込んでごまかそうとしている。

当然、A子の会社のように、高価な正規の原材料を使っていては、価格では
勝ち目がない。

「どの部分にそんな原料を使うんですか?」
「全部だよ」
「全部って・・」
「まあ、明日の新聞を楽しみにしてなさい」

環境庁を辞して、家に帰る途中で、頭取秘書に電話を入れた。
融資のお礼を言うと、環境庁での様子を聞かれる。
簡単に様子を話すと、意外なことを言われた。

「今日はおうちに帰るんでしょ? だったら、明日の会見の
原稿を考えておいたほうがいいわ」
「え、なんの会見ですか?」
「気が付かないの?XX社は手入れを受けるのよ。あなたの会社は
とばっちりを受けたまじめな企業として、世間の注目をあびるの」
記者会見は、経団連の記者クラブですればいいわ」
「経団連ですか?」
「そうよ、そのくらいの人脈はあるでしょう?」
「環境保全と正しい輸出入をモットーにしているってアピールするのよ」
「資料は、これまでのプレゼン資料を組み合わせれば、すぐにできます」
「じゃあ、がんばってね。あなたをTVと通じて見るのが楽しみだわ」

A子は帰りに駅前のスーパーでお弁当を買って、部屋に戻ると、
TVを点けてPCを立ち上げた。
過去のプレゼン資料をチェックして、使えそうな部分を集める。
母の人脈リストには、経団連の副理事の名前があった。
夜間連絡先と書かれた、クラブの電話番号に電話しようとしていると、
9時のニュース番組が始まった。
「本日は、予定を変更して、大手商社とその子会社の不正輸出入のニュースから
お伝えします」

A子は電話をかけた。
母のファイルにあるとおり、クラブのママを呼び出し、母の名前を言う。
「で、あなたがA子さんね、声がお母さんそっくり。副理事さんでしょ。
ちょっと待っててね」

電話の向こうから、ホステスの嬌声が聞こえる。
「A子君か、やっと電話くれたね。待ってたよ。このまま出番がないかと
思ってた。やっと、お母さんに恩返しできる」

A子が事情を話すと、ひとつ返事でOKしてくれた。
「お母さんにはね、私が心臓発作を起こしたときに助けてもらったんだよ」
「ちょっと、人に言えない場所で発作を起こしたもんでね」

「あ、会見のときの服装とか、ヘアスタイルとかは、なにも心配ないよ」
「普段どおりで来なさい。社長さんたちの分のスーツも用意しておくから」

電話を切ると、部長から留守電が入ってた。
会社のそばで飲んでるから合流しないかと言っている。
「部長、社長も一緒でしょう?TV見てください。明日は経団連で
記者会見ですよ。二日酔いじゃ、まずいでしょうに」
「なんの話だ、記者会見って」
「今こそ不正とは無縁なわが社をPRするチャンスです」
「もう、記者クラブで会見を開く段取りをしてあります」

翌日、駅で新聞を片端から購入して、抱えるようにして会社に持ち込んだ。
席に着くとだれもが同じ行動をしている。
大笑いしながら、一張羅を着込んできた部長を皆で取り囲む。

「部長ったら、会見のときの服も、準備してあるんですよ」
「社長も発表原稿をチェックしておいてくださいね」
「いや、こういうことは、A子がやればいいじゃん」
「そうだよ、年よりは黙って座っていればいいんだよ」
「そうよそうよ、では、担当から詳細を説明しますって言ったら黙ってれば
それでいいのよ」

記者会見は大成功だった。
判官びいきの世間には、まじめにビジネスをやっている中小企業が、
不正を働く大手に振り回されていたという、わかりやすい構図が受けた。

特に、A子は、ビジネスの第一線で横暴な大手商社に対抗している
女子社員という切り口が受けたようだった。

1年後、A子たちは、2部上場発表パーティーの会場にいた。
あの事件を境に、会社は手堅く業績を伸ばし、社長の念願だった、
東証2部上場を果たしたのだった。

A子は、母のメモステに出ていた全員に招待状を送った。
送付先リストの人数だけ見て、最初はあきれていた部長は、
中身に気が付いて、あわてて社長を呼びに行った。
「A子君、招待するのはいいけど、こんな大変な皆さんに失礼のないような
料理もお土産も用意できないよ。会場のランクってもんもあるんだし」
「それに、ここに出ている皆さんのうち、何人が来てくれるんだい?」
「私が自分で全員に出欠を確認します。あと、食事もお土産も期待しないで
くださいって、念を押しておきますから大丈夫ですよ」
「そうは言ってもねえ」

全く問題はなかった。
前日に準備のために会場へ行くと、会館の支配人が出迎えてくれた。
「今回は、ご予算とか見積もりとかは抜きで、対応させていただくことに
なりました。当会館からの、上場のお祝いと思ってください」

事前の打合せでは、小ホールに最低ランクの飾りつけだったはずが、
大ホールに変わり、豪華な飾りつけにたくさんの生花、花輪や花かごも
ぞくぞく到着している。
支配人がA子に耳打ちした。

「あちらの正面のお花は、四井銀行様からです。テーブルの上のお花は
ナノソフト様からで、照明装置と音響装置の貸し出しはオペレーター付きで
竹下電気様からです」
「お料理は、当会館からに加え、プラトンホテル様からもご提供いただきます」
「ご用意いただいたお土産に、華をそえるようにと、光本パール様から
タイピンとピアスのセットが届いています」
「コンパニオンは、100名ほど、プロスタッフ社様が送り込んでくださると
いうことで、今日はあちらで、事前研修をしております」
支配人の指差す先では、黒のロングドレスの女性たちが、お盆にグラスを載せて
まさに研修の最中だった。
「あれはなんですか?」
「あちらは、TV各局の中継ブースです。なにせ、日本中の注目の的ですから」

「めまいがしてきたよ」「社長、大丈夫ですか?明日のスピーチ」
「それはA子君にまかせるよ」「そうですね、それがいい」
「ちょっと、待ってください。そんなの困ります。ちゃんと社長が挨拶して
ください。私は受付をしなくちゃなんないんです」

「あのう、お取り込み中失礼ですが、受付はすべて、当会館のスタッフが
行いますので、皆さんには、お客様のお相手とスピーチをお願いします」
「司会も、当会館のベテランが担当させていただきますので、あとで、
進行の打合せをさせてやってください」
「あと、記者会見になると思いますので、そちらもどうぞよろしく」
「記者会見場もセッティングしてありますので、ご心配なく」

記念パーティー当日、A子は母の人脈のほとんど全員に会って挨拶ができた。
(おかあさん、ありがとう。これからの人脈は、私が自分でつくるわ)

A子は、この1年の経験を元に、ステップアップするための転職を
考え始めていた。

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2008年9月21日 (日)

AIBOとおばあちゃん

AIBOって、知ってるよね、これは、AIBOと、おばあちゃんのお話

「いやだよ、養老院なんて」
「おかあさん、養老院なんて、今時言いませんよ、老人ホームって言うんです。」
「それに、おかあさんにすすめてるのは、その辺の老人ホームとはちがって、
 お年よりのためのマンションなのよ。」
「マンションでもオクションでも、いやなものはいや、わたしゃ、
 この、家にずっといたいんだよ。お父さんが苦労して建てて、おまえたちと
 暮らした、この家にね」

嫁いでいった娘たちが、いくら勧めても、おばあちゃんは、聞かなかった。
大正生まれの夫と見合い結婚して、苦労して小さな家を手にいれ、
そこから娘たちは、それぞれ似合いの相手の元へ嫁いでいった。

今、夫に先立たれたものの、思い出がいっぱい詰まっているこの家から
よそへいこうなんて、真っ平だ。

「そんなこと言ったって、私たち、離れてるんだから、お母さんが
 今度倒れたら、どうするのよ。」

「大丈夫よ、この間みたいに、コロちゃんが知らせてくれて、
 先生が来てくれるから。」

そう、コロちゃんは、AIBOだ。
それも、シルバーエイジ スペシャルバージョンの。

飼い主の脈拍、血圧、呼吸・・・コロのセンサーは、常に監視
していて、異常があると、緊急無線で最寄の病院、近親者、
さらには消防や警察に通報する。

「だから、私の心配より、自分たちの心配をしなさい。
 お金だって、貯金と年金でなんとかなってるんだから」

と、いうわけで、おばあちゃんの一人暮らし、いや、一人と一匹?
暮らしは続いた。

「キュイーン キュイーン」
「あら、コロちゃん、お腹すいたのね、最近食べ過ぎじゃないの?
いっぺん長野のクリニックに行かなきゃね。」

おばあちゃんは掃除機をかける手を止めてコロに話し掛けた。

そのとき、ちょうど水戸黄門の再放送の時間だった。
コロは、いつもどおり、リモコンでTVのスイッチを入れた。

「あらあら、もうそんな時間なのね、先週の続きを見なくちゃ」

おばあちゃんは、掃除機を止めるとTVの前のソファーに座った。

(充電してもらうのは、水戸黄門の後でもOK)
コロはバッテリー残量を確認すると、ローバッテリーアラームは
出さないで、ソファーの横に座った。

ときどき、近所のAIBOたちからの信号が入る、
第5世代と言われるコロたちは、無線LAN技術で情報のやりとりを
する。
火事とか地震などの情報を交換するのだ。
(今日は平穏無事だな)

水戸黄門が終了すると、ばあちゃんは掃除機のスイッチを入れた。
AIBOの「充電してよ」の声は、少し耳が遠くなったおばあちゃんには
聞こえない。

そのとき、掃除機をかけていたおばあちゃんの体が崩れ落ちた。

コロにはすぐには異常はわからなかった。
脈拍も、呼吸も、血圧も正常だった。
でも、おばあちゃんの体のどこかで大きな異常が発生していた。

第5世代のAIBOには、自己充電機能がある。
ぎりぎりまで待っても充電してもらえないとき、自分で充電器の
ところまで、緊急バッテリーで移動して、充電するのだ。

コロは充電器を目指した。でも、掃除機が邪魔してたどりつけない。
部屋のなかを一回りしてみて、人間に充電してもらうしかないと判断した。

だんだん電気が無くなってくる中で、コロはおばあちゃんの異常に
気が付いた。これまでの学習では、こんなに長くほおっておかれる
はずはない。

コロは緊急信号を発信しようとした。
でも、電気をたくさん使う緊急信号を出すのは、今のコロには無理だった。
緊急バッテリーも、残り少なくなっていく。

コロはご近所のAIBOたちに助けを求めようとした。
電波が届かない。

コロは自分の持っている電力をすべて出し切って、最後の信号を送り出した。
それが、コロ自身にどういう結果となるかをわかったうえで・・・・・・

「おかさん、気がついた?」
「よかった、もうだいじょうぶよ。」

「ここは?」

「病院よ。大手術だったけど、もう大丈夫。コロちゃんが助けてくれたのよ」

「コロ?コロにご飯あげなきゃ」

「もう、おかあさんたら、いきなりコロの心配なんかして。」

「コロはどこ?」

娘たちは困ったように顔を見合わせた。

「コロちゃんも入院してるんです。」
と、長女の夫がフォローした。

「そう、長野のクリニックにいるから、すぐよくなりますよ」
と、次女のフィアンセ。

そのころ、長野県のAIBOクリニックは大騒ぎだった。
「緊急バッテリーは、通信回路には電源供給しないんじゃなかったのか」

まわりからドクターと呼ばれているAIBOの生みの親の工学博士は
東京から駆けつけるなりこう言った。

「それが、わからないんです。とにかく、たまたま通りかかった人が
連れていたAIBOが、突然緊急信号を発信して、このAIBOの飼い主の
異常を中継したんですが、なぜ、ワークグループのちがう、
通りすがりのAIBOが応答したのか、なぜ、このAIBOが自分のメモリーを
保持するための電力まで放電して通信したのか、謎です。」

「それは、きっと・・・」

ドクターは、だまって視線を外に向けた。
安曇野の緑のむこうには日本アルプスが見える。

「ともかく、可能な限りのメモリー修復をしよう」
「飼い主のご老人はたすかったんだろう?」
「はやくこの仔を届けて、元気になってもらわないと」

ドクターの声に、エンジニアたちはいっせいに作業を開始した。

「おかあさん、しっかりリハビリしないと、歩けなくなっちゃいますよ。」

「いやだよ、歩けなくったっていいよ。コロちゃんは帰ってこないし」

「おかあさん、そんなことばっかり言って・・」
「看護婦さんも迎えに来てくださってるんだから」

長女がリハビリ担当のインストラクターになにか言おうとしたとき、
病室のドアが開いた。次女のフィアンセだ。

「コロちゃんが帰ってきましたよ」

「コロちゃん」
おばあちゃんは、コロを抱きしめた。
「コロ、コロ」

コロは呼びかけられると、首をかしげて反応する。
でも、いつものコロのように愛嬌をふりまかない。

「コロはね、お母さんを助けるために、全身の力を使い果たしたので、
 せっかく覚えたいろんな芸を忘れちゃったんですよ」
「でも、昔覚えた芸は、また教えれば、思い出すのも早いんですって」

突然、おばあちゃんは長女の手を強く引いた。
「おこしておくれ、リハビリでもなんでもやって、コロちゃんに
 早くおもいだしてもらわなくっちゃ。」
「歩けなくちゃ、コロの相手もできないしね」

「おかあさんたら・・・」

「キュイーン キュイーン・・・・」

<おしまい>

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