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2005年7月23日 (土)

RISA's LA

「えー、どうしてじじいと一緒にいかなくちゃなんないの!」
リサはどうしても納得がいかなかった。

夏休みを利用して、米国で語学留学している由紀を訪問、
ついでに観光もしてくるつもりだったリサは、
一人で行かせてもらえないのが大いに不満だ。

「だって、英語の得意な聡美ちゃんはいけなくなったんでしょう?
だったら、ママは心配でリサ一人では行かせられないわ」

「そうだよ。おじいちゃんは、向こうに着いたら、リサとは別行動
なんだから、いいじゃないか」

「そうよ、おじいちゃんだって、ずっと、リサと一緒のつもりは
ないんだし、飛行機代を出してもらったんだから、文句は言わないの」

最後の一言はきいた。
リサはだまって従うしかなかった。

「でも、本当に、向こうについたら、別行動だからね」

一緒に行くはずの聡美がドタキャンしたせいで、格安ツアーでの
旅行計画が成り立たなくなったのだ。
一人で参加すると、一人参加追加料金を払わなくてはならない。
うだうだしている内に、ツアーは定員になり、締め切られてしまった。

そこに助け舟を出してくれて、航空券代金を援助してくれた祖父が、
一緒に行くと言い出したのだ。

成田空港第1ターミナル・・リサはきょろきょろしながら祖父を探していた。
「いったいどこにいるんだろう? チェックインカウンターのそばって
言っても、こんなに広くちゃわかんないし・・」

そのとき、リサの携帯が鳴った。「リサちゃんかい?どこにいるんだい?」
「おじいちゃんこそどこにいるのよ」
「UAのチェックインカウンター前だよ、メール読まなかった?」
そういえば、夕べのメールに書いてあった。(第1ターミナルは広いから
UAのチェックインカウンターの入り口で会おう)

「UAって、どこ?」
「リサちゃんの近くに、なにが見える?」
「シンガポール航空ってあるけど」
「じゃ、その先にタイ国際航空ってあるだろう?」
「そっちに歩いていくと、UAの看板が見えるよ」

そのとおりだった。UAの看板はすぐに見つかった。
でも、祖父の姿は見えない。

リサはだれかに呼ばれたような気がした。
見回しても、だれもいない。ベビーカーの赤ん坊をあやしている黒人女性、
荷物検査の男となにやら言い争っているアタッシュケースの白人、
長身のサングラスの男が金髪の航空会社職員と談笑している。

・・・! リサを呼んでいるのはサングラス男だ。
(え、ナンパ?)
いや、それが祖父だ、一緒にアメリカまで行くじじいだ。
でも、今日はずいぶん若作りだ。

「リサちゃん、なにきょろきょろしてるんだい?チェックインするよ」
「でも、ここ、ファーストクラスって出てるよ」
「いいんだよ」
「あ、孫が来ましたのでチェックインします」と金髪女性へ告げる祖父
「イラッシャイマセ」と、金髪女性

リサは、どう対応していいのか、軽く会釈を返すと、英語か返ってきた。
「Enjoy your Flight」
「ほら、Thank you って言わなきゃ」と、祖父。

リサはすっかり舞い上がってしまった。

X線検査機にスーツケースを入れようとすると、
「どちらへお出かけですか、航空券を拝見させてください。」と係員に言われて、
あわててハンドバッグをかき回すリサ。
係員に、
「こちらはビジネスクラスとファーストクラスのチェックインカウンターですが」
と言われると、祖父はなにやら黒っぽいカードを示した。

「失礼いたしました。どうぞ、お通りください。」

なにがなんだかわからないリサは、祖父に促されてカウンターの前に立った。
ブレザーの胸に、赤いカーネーションの造花をつけた、女性が相手をしてくれた。
「パスポートと航空券を拝見させていただきます」

祖父は、さっさと言われたものといっしょに、さっきのカードも出した。
「この子のマイレージカードを作ってもらえますか?」
「ええ、すぐにテンポラリーカードをご用意します」
「シートアサインを、リアサインして、バルクかエグジットにできますか?」
「少々おまちください。その前に、お客様のPNRをつなぎますので」

リサが目を点にしている内に、航空券とカードが渡された。
「搭乗開始は15時30分、ゲートクローズは16時ちょうどでございます」
「こちらがテンポラリカードで、本日分から、登録ずみでございます」

チェックインカウンターを離れてから、隣のカウンターを見ると、
たくさんの人が行列を作っている。
「あれはなんの行列?」
「エコノミーのチェックインの行列だよ」
「私もエコノミーなんでしょ? なんであっちに行かなくていいの?」
「じじいが星組会員だからだよ」
「??」

出国審査を終えると、リサはラウンジへとつれていかれた。
チーズをクラッカーにはさんで食べながら祖父の持っているカードの
説明を聞いた。

「じじいが会社勤めをしてたときに、いっぱい飛行機に乗ったんで、
この会社のプラチナ会員になったのさ」
「もう、そんなに乗らないけれど、年会費を払っているんで、
会員のままなんだよ」

「それはわかったけど、自分のことをじじいなんてかっこ悪いよ」
「リサはじじいって言ってるそうじゃないか」
「えー、それはー、まあ、そういうときもあるけど・・」

「じゃ、ここに入れるのも、会員だから?
でも、航空会社がちがうんじゃない?」
「世界中の航空会社はお互いに提携して、上級会員の
サービスなんかも相互乗り入れしてるのさ」
「この会社も、じじいの会員になってる会社も星組って言うんだよ」
「宝塚みたい」
「本当は、スターアライアンスって言うんだけどね」
「だから、星組・・」

ラウンジの中で、搭乗開始が近いというアナウンスがあり、二人は
搭乗ゲートへ移動した。

ゲート付近はたいへんな混雑だ。
なにやら、アナウンスをしている。
どうも、リサが呼ばれているようだ。
英語のアナウンスに続いて日本語のアナウンスがあった。
「あ、私とおじいちゃんを呼んでるよ。
なんだろう、ラウンジでお金を払わないでいっぱい食べたんで、
呼ばれてるとか?」
「まさか、行って見ればすぐわかるよ。きっといいことだろう」

「二人がゲートの係員に名前を告げると、係員はほっとした顔で、
「本日はYクラスがオーバーブッキングですので、Cクラスへお移りください」
二人が新しい搭乗券をもらうとすぐに、搭乗開始になった。

「ビジネスクラスの人は、先に乗れるんだよ」
「あれ、あの人、エコノミーのほうへ行くよ。
さっき、エコノミーのお客さんはお待ちくださいってってたのにね」
「いや、あの人は、上級会員なんだよ。おじいちゃんも、あのカードを
見せれば、エコノミーの時でも先に乗れるよ」

二人の席は、2階だった。階段を上がるときに、ちらっと見えた
エコノミークラスと違い、ゆったりした座席、シートTV・・

リサはシートのボタンをいろいろ押して、シートを倒したり、
ライトをつけたりしていたら、CAがやってきた。
「お客様、なにか御用ですか?」
「え!いえ、べつに用ってわけじゃないけれど」
しどろもどろのリサ。
「いやね、なにか女性向けの週刊誌とかあったらと思って。
それから、私には日経をお願いします。
最近は、ウエルカムドリンクって、やめたんだっけ?」
雑誌と新聞は、すぐにお持ちします。ドリンクはなにになさいますか?」
「じゃ、この子にはミモザをつくってください。わたしはシャンパン」

リサは、うっかりコールボタンをおしてしまったのに気がついた。
やれやれ、まだ成田を出発してないのに、すっかり舞いあがっている。

「どうだい、じじいと旅行するのもたまには悪くないだろう?」
「おじいちゃんたら、わかったわよ。もう、じじいなんて言わないってば」

リサは、ミモザのおかげで、すっかり気分がよくなり、ゆったりしたシートに
もたれかかった。

しばらくすると、ドアクローズのアナウンスがあり、シートを元に戻すよう、
促された。

「ほら、その1番はじのボタンを押せば、全部元に戻るよ
それから、ヘッドホンをして、チャンネル9にすると、パイロットと管制塔の
やりとりが聞こえるよ。」

「このボタンは?」
「押してごらん」
「あ、周りが静かになる。すごーい!」

二人を乗せたボーイング747-400は、成田第1滑走路から、定刻にテイクオフした。
しばらくして高度が一定になると、ドリンクのサービスがはじまった。

「ねえ、おじいちゃん、このワインリストって、どう選ぶの?」
CAが配ったメニューを見て、リサは質問した。
エコノミークラスのワインは赤、白、それぞれ1種類しかないが、
ビジネスでは、フランスとカリフォルニアの有名ワインが
リストにのっている。

「どれどれ、リサはメインのメニューは決めたのかな?
それによって、ワインを選べばいいんだよ」

「この、子牛の赤ワインなんとかってのがおいしそう」
「うん、じゃ、先に、白のピノワールを前菜にあわせて、
子牛には、メルローを選べばいいだろう。あんまり渋い赤ワインは
にがてだろ?」

「うん、じゃ、そうする。おじいちゃんはどうするの?」

「そうだな、リサと同じメニューで、先にシェリーをもらって、
赤ワインはボルドーにしよう」

「おじいちゃん、シェリーは積んでないんだって。どうする?」
リサが、トイレから戻ってきた祖父に言うと、
「じゃあ、シャンパンでももらおうかな」

二人は食事を楽しんだ。
デザートを待ちながら、リサは以前から気になっていたことを聞いてみた。
「おじいちゃんは、なんでそんなにいっぱい海外出張をしてたの?」
「あのころはね、日本の会社はみーんな中国をはじめとする、
東南アジアに工場を移転したり、東南アジアの会社から、安い材料を買ったり
して、電気製品や、家庭雑貨、あげく、自動車まで輸入してたんだ」
「おじいちゃんの会社も、そうだったんだけど、日本で作ったり、買ったりする
のと違って、なにかと行き違いや間違いが多くて、大変だったんだよ」
「おじいちゃんは、そういうトラブルを解決したり、調整したりするのが仕事
だったんだ」

「ふーん、それで、しょっちゅう海外出張してたんだ。
おばあちゃんが言ってたよ。毎週のように出かけていることもあったって」

「おかげで、主な外国は、ほとんど行かせてもらったよ。
でも、秘境とか、リゾートとかにはあまり縁がなかったね。
なにせ、そういう所には、工場なんてないんだから」

「これまで行った所で、一番いいところはどこ?」

「気候とか、食べ物とか、いろんなことを総合すると、サンディエゴかな?」
「今回も、ロスからそっちへ回るつもりだよ」

やがて、機内の照明が落とされ、乗客たちは、眠ったり、映画をみたりして
くつろぎ始めた。

リサは、最新の映画を見ようと思ったが、日本語のものは、あまりなく、
そのうちワインの酔いも手伝って、眠ってしまった。

ふと、周りのざわめきで目を覚ますと、窓のシェードがあがり、朝食の
サービスが始まっている。

サラダとロールパンとコーヒーで、目を覚ますと、となりの祖父は
なにやら緑のカードに書いている。

「それ、なあに?」
「やれやれ、入国カードもわからないのかい?
リサの分もあるから、書きなさい」

リサは、地球の歩き方の入国手続きのページを見ながら、なんとか
記入を終えた。

「えーと、税関申告書は、っと」
「おじいちゃんが書いたから、家族として1枚でいいんだよ」

たしかに、地球の歩き方にも、そう書いてある。

高度を下げ始めた飛行機の窓から外を見ると、
サンフランシスコの町並みと、ゴールデンゲートブリッジが
見えた。
小1時間もすると、飛行機はロサンゼルス国際空港に着陸した。

ちょっぴり緊張した入国審査は、あっけなくすんだ。
変な日本語を話す係官は、親子と思ったらしかった。

税関を通過すると、もうそこはアメリカだ。
たくさんの出迎えの人ごみの中に、由紀をさがすリサ。

「いない・・・」
「由紀さんがいないのかい?」
「そうなの。ちゃんと便名を知らせといたし、返事ももらったし、
航空会社によってターミナルが違うから、調べておくって書いてきた
くらいだから、間違えることはないとおもうんだけど」

「じゃ、渋滞で遅れてるんだろう。もう少し、このへんで待とう」

結局、30分近く待って、同じ飛行機の乗客はあらかたいなくなっても
由紀は現れなかった。

「由紀さんの家に、電話してみたらどうだい?番号はわかるんだろう?」
「うん、ちょっと待って、メモしてあるから」

でも、電話ったって、どこでどうやってかけるんだろう?

「ほら、そこに公衆電話があるだろ、日本と同じように使えばいいんだよ」

「お金がないっていうか、コインがないの」
「ほら」

成田で両替したけれど、全部お札だったのだ。

電話はすぐにつながったが、留守電だった。
「留守電だよ」
「じゃ、この番号にかけてもらいなさい」

いつの間にか、祖父の手には携帯電話がある。
「えっと、+81-80-・・・・この番号、アメリカの携帯?」
「アメリカでもアジアでもヨーロッパでもOKだよ」
「携帯があるなら、最初から貸してくれればいいのに」
「リサちゃんに電話のかけ方の練習をさせようと思ってね」

「由紀さんは、携帯を持ってないのかい?」
「あ、持ってるはず」

しかし、携帯も留守電だった。祖父の番号を残してから、
リサは自分がこの後、いったいどうすればいいのか途方にくれた。

「じゃ、とりあえず、車を借りて、ホテルへ行こう。連絡がなかったら
リサちゃんの分まで部屋を取るから」

祖父は、さっさと荷物を持って、ターミナルビルの外へ出た。
レンタカー会社のバスが行き過ぎていく。

「なんてレンタカー?エイビスとかバジェットとかって
向こうから来るよ」
「ハーツだよ。あの黄色いバス」
「発車しちゃったじゃない」

祖父の指差したバスは、10メートルほど先のバス停から
発車するところだった。

「いいんだよ。すぐに次がくるから。それに、道が混んでるから
急いで乗っても次のも大差ないさ」

そのとおりだった。1分も待たないうちに次の黄色いバスが到着し
何人か乗せて発車したが、さっきのバスが、数台前に見えている。

何回かバス停に止まるうちに、リサたちの乗ったバスは、先のバスを
追い越してしまった。

やがて、空港の外に出たバスは、だったっ広い駐車場の中に到着した。

「もう、車が用意できてるはずだよ」

祖父は、電光掲示板に名前を確認すると、近くに止めてあったマツダMX-6を
指差す。

「すごいじゃん、スポーツカーなんて」
「スポーティータイプっていうんだ。スポーツカーもどきさ」

車はレンタカー会社の駐車場を出て、街中をちょっと走ると、すぐに
高速道路に入った。

「これがアメリカのフリーウエーだよ」
「すごく車が多いのに、車間距離が短いね」
「なにせ、LAだからね」

ちょっと高速を走ったと思うと、もう、ホテルに着いた。

「この、トーレンスマリオットは、おじいちゃんが始めてのアメリカ出張で
泊まったホテルなんだよ」

祖父は、フロントでチェックインの交渉を始めた。
なにやらカードを出して、部屋の種類を交渉している。

「うまいこと、スイートになったから、リサちゃんが泊まることになっても
大丈夫だよ。ソファーで寝られるし、補助ベッドを入れても大丈夫」

なにがどうだいじょうぶなのか、部屋に行ってみて、すぐわかった。
たしかに、ソファーで寝ても、日本のリサの部屋より快適そうだ。
とにかく、部屋の広さが日本とは違う。

リビングには大きなソファーが2つと、テーブル、デスクには、革張りの
いすが2つ。大型TVにはDVDプレーヤーまでついていた。
部屋の一角にはバーカウンタがあり、電子レンジもついている。

祖父はさっそくコーヒーメーカーをセットして、コーヒーを入れ始めた。

トイレとバスまで2組あり、寝室とリビングのそれぞれにクローゼットもある。
ベッドは巨大なキングサイズだ。

「夕方までに連絡が取れないときは、リビングに補助ベッドを
入れてもらうから」

「私、ソファーでもかまわないよ。毛布もクローゼットに
いっぱい入ってるジャン」

その時だった。携帯の呼び出し音だ。

祖父よりも先に、リサが携帯を手にする。
「由紀!よかった。何回も電話したんだよ」

その知らせは、あまりいい知らせではなかった。

「ごめん、リサ、アケミとすれちがっちゃったみたいね」
「アケミって?」
「私のルームメート。代わりに空港へ行ってもらったんだけど、
JALと勘違いして、ターミナルを間違えちゃったんだって」
「由紀は都合が悪くなったの?」
「実はね、わたし、今ボストンにいるんだ」
「うそー!なんでボストンなの」
「話すと長いんだけど、カレシがボストンで仕事をすることになったの」
「カレシは学生だっていってたじゃない」
「アメリカでは、そういうこともありなの。説明すると長くなるけど、
とにかく私は今週いっぱいカレシといっしょにボストンにいて、
こっちの大学の転入手続きをするんだ」
「ってことは、ボストンの大学に入るの?」
「うん、そのつもり。私、お馬鹿な女子大生じゃなくて、キャリア志向に
目覚めたってわけ」
「なんだか、映画にあったみたいな話ね」
「アリーマイラブのこと?」
「じゃなくて、キューティーブロンドなんちゃらってほうの・・」
「ともかく、悪いけど、アケミの携帯教えるから、私の部屋に泊まるか
アケミに言って、ホテルを探してもらって。彼女には、貸しがあるから
たいていのことは、なんとかなるわ」
「うーん、じゃ、番号教えて。でも、おじいちゃんと同じホテルに泊まるから
そっちの心配はないわ」
「とにかく、アケミに連絡してね。心配してるだろうから」

由紀との電話の内容を説明していると、また携帯がなった。アケミだ。
「リサさまですか?アケミです。心配です。ワタシどこいけばよろしいか?」

自分は祖父と一緒で、なにも心配ないこと。ホテルに泊まること。
ホテルの電話番号などをおしえると、アケミは、
「由紀さんと約束、リサさまのショッピングの案内は明日でいいですか?
あさってだともといいですね」
と、暗に、明日よりあさってが都合がいいことをほのめかした。

ショッピングよりも、由紀がどんなところで暮らしているのかを
見てみたいリサは、あさっての夕方にアパートを訪問して、
部屋を見せてもらう約束をした。
祖父の、ディナーへの招待をアケミはよろこんでくれて、
あさっての夕食をいっしょにすることになった。

今晩の夕食は、軽くていいというリサの希望で、ホテルのそばの
ショッピングセンターで食べることにした。

「アメリカのショッピングセンターとかスーパーとか、行ってみたいだろう?」
食事にはまだ早いから、ちょっとうろうろして、お土産でも見繕って、
それから食事にしよう。

ちょっとうろうろのつもりが、しっかり3時間くらい歩いてしまった。
どこの店もおもしろい。

リサは、自分の英語が意外と通じるのに、びっくりした。

「お店の人は、お客さんの相手をして、とにかく買ってもらわないと
仕事の成績が上がらない。態度が悪いと首になっちゃう。
それに、この辺は、移民が多い土地柄だから、英語のうまいお客さんばっかじゃ
ないんだよ。リサも自信がついただろう?」

たしかに文法なんか気にしないで、しり上がりに言えば質問になり、
「Bigger?」といえばもっと大きいの、
「Another Color?」といえば、色違いのが出てきた。

食事は、フードコートで、寿司にした。
ショッピングセンターの中の大きな広場のようなスペースに
中華料理、ベトナム料理からステーキ、サンドイッチ、寿司まで
小さな店が取り囲んでいる。うろうろしながら味見をしていたら、
寿司屋の呼び込みのおばさんにつかまってしまった。

軽く食べるつもりだったが、ショーケースに並んだにぎりや巻物を
指差して選んでいるうちに、結構たくさんのオーダーになってしまった。

ホテルに戻ると、さすがに時差の影響で眠くなってきた。
出かけるときに頼んでおいた補助ベッドがリビングに設置してある。

「これで、補助ベッドなの?私のベッドの2倍くらいだよ」
私、これで寝るから、おじいちゃんはあっちのジャンボサイズで寝て」

バスタブにバスオイルを入れて、バスタイムを楽しんだリサは、
バスローブを羽織ったままで、ベッドに入って地球の歩き方を
読みながら眠ってしまった。

翌日は、いかにもカリフォルニアというような快晴だった。
ホテルのカフェで朝食をとったあとで、祖父の運転するレンタカーに乗って
ブランドショップめぐりをした。

リサは予定のショッピングが、3時ころには終わってしまって、
ちょっと拍子抜けだった。

「なんか、順調すぎるよ」
「日本からの観光客の回る順番の逆をねらって、車で回ったからな」
「おじいちゃん、運転上手だね」
「日本より、アメリカでの運転回数が多いからな。そろそろお茶にしようか?」

リサが連れて行かれたのは、ビバリーヒルズにある高級ホテル。
「ここのロビー、なんか、見覚えないかい?」
「あ、プリティーウーマン!」
「そうだよ。あの映画の舞台になったホテルだよ」

お茶とケーキで満足したリサは、これからの計画を話した。

「今日は、もうこれでいいから、明日、夕方までどっか行きたいな」
「ユニバーサルスタジオはどうだい?」
「大阪のはつまんなかったよ」
「本場はちがうさ。それに、ディズニーランドだと、ちょっと時間が足らない」

「今日は、ホテルに帰って、プールサイドで日光浴でもしよう。
リサちゃんは水着は持ってきたかい?」
「持ってきたんだけど、昨日ちらっと見たら、日本の水着だと
かなり浮いちゃいそうだから、昨日のスーパーの隣の水着屋さんで
1枚買いたいの。このままショッピングセンターに行ってもらえる?」
「ぜんぜんOKだよ」

ワゴンセールの水着は、売れ残ったマイナーなサイズのものらしく、
同じデザインの展示されてる値段より、ずっと安い。
リサは、どうせならと、アメリカっぽい柄のビキニとワンピースを
1枚ずつ選んだ。

「あっちのワゴンのは、2枚買うとさらに10%引きなのにね」
「じゃ、交渉したら?Best Price Please でいいんだよ」

やたら愛想のいいおばさんに、最初は首を横に振られたが、
2枚なら10%オフのワゴンを指差して、Pleaseを連発したら。
OKしてもらえた。

「リサは、そういうところはお母さん似だな」
「ママも値切るのがうまいの?」
「初めて車を買ったときの話は聞いたことないかい?」
「あ、聞いてる。小娘が一人で販売店に行って「この車ください」って言って、
びっくりされたんでしょ」
「そのとき、ねばって高いオプションを付けさせたんだ」

ホテルのプールはすいていた。
ビーチチェアーに寝転んでいるうちに、うとうとしてしまった。

夕方になって、日が陰ってきて、肌寒さを感じてリサは、目を覚ました。
部屋にもどると祖父の姿はなく、メモが置いてある。
(ビジネスセンターで、メールをチェックしている。6時には戻る)

リサは、TシャツとGパンをはおって、ビジネスセンターへ行ってみた。
それは、ロビーの奥、チェックインカウンターの裏手に、あった。

中に入ると、受付のデスクでキーボードを打っていた女の人が、声をかけてきた。
(えーと、アイム ルッキングフォー マイグランドファーザー
だっけ??)

途中まで言いかけると、奥から祖父が顔を出した。
「こっちだよ、リサちゃんもメールチェックするかい?」
「私、パソコン持ってきてないよ」
「ここのPCを使えばいい」

結局、リサのプロバイダーにつないでも、漢字が文字化けしてしまい、
受信メールは読めなかった。
「せめて、タイトルだけでも半角英数字だったら、用件の想像がつくのにね。
うーん、タイトルの半角って、こういうことだったんだ」

リサは、むかし、ソフトウェア会社に勤めているおじに、そんなことを
言われたのを思い出した。
幸い、送り主は、いつもの友人たちで、緊急の連絡はなさそうだ。

「そのお友達たちに、まとめてローマ字で、メールして、
半角英数字だけのローマ字メールを送って、返事もローマ字で
書くように、お願いしておいたら?」

たしかに、いいアイディアだった。
リサはメールをあちこち出してるうちに、さっそく、夜遊びしてる友人からの
返事ももらった。

「さあて、今晩は、なにを食べたい?」
「アメリカにもファミレスって、あるの?」
「もちろんあるよ。デニーズは、アメリカが本家だよ」
「じゃ、本場のデニーズに行きたい」

ホテルを出たところに、デニーズがあった。

「日本とメニューがちょっとだけかぶってるんだね。
このテリヤキなんとかって、なあに?」
「しょうゆ味ソースのステーキだよ」
「じゃあ、私はこのテリヤキテンダーロインビーフ&ロブスター」
「おじいちゃんは、シーフードミックスプレートにしよう。
先にビールを飲んでから白ワインの小瓶を1本かな?」
「私はダイエットコーク」
「おじいちゃんが自分のを注文するから、リサちゃんはそれをまねして
自分の分を注文してごらん」

メニューを指差せばいいと思っていたリサは、祖父のいう意味が
すぐわかった。

セットになっているサラダのドレッシングやら、肉の焼きがげんやら、
付け合せはどうするのかとか、パンはどう焼くのか・・・

ショッピングで度胸のついてきたリサは、注文のやりとりを
面白く感じられた。

「なんか、いろいろ注文できて、おもしろいね」
「そう思えるなら、アメリカで暮らせるよ」
「うそー!それだけじゃ、だめでしょ?」
「そりゃ、ファミレスで注文できるだけでは生活したことには
ならないよ。でも、日本から赴任した人が、最初に一番悩むのは
(適当におまかせ)のメニューがないというカルチャーギャップなんだ」
「すぐに適応する人は、カルチャーギャップを面白がるし、
なかなか適応できない人は、ギャップに苦しむんだよ」

リサは、さっそく、カルチャーギャップに直面した。

「おじいちゃん、こんなに大盛りだとは思わなかったよ」
「メニューの写真のとおりだったろう?ここでは、メニューの写真と
実際の料理のボリュームが違っていたりしたら、大問題になるからね」

祖父に言われて、肉の脂身をよけたおかげで、そんなに残さずにすんだ。

「もー、おなか一杯」

「デザートはいらないかい?」
「いらない。これ以上食べたら明日歩けなくなっちゃうよ」

祖父は、テーブルの上の伝票を見ると、何枚かの紙幣をリサに渡した。
「現金をあげるから、リサちゃんのカードで支払ってごらん」
「あ、ちょうどいいね。現金がなくなっちゃったんだ」
「昨日と今日で、だいぶ現金を使ったからな。でも、もう
大きい買い物はないんだろう?カードを使う練習をしてごらん」

ちょうどこっちを見ていたウエイトレスに、クレジットカードを見えるように
手を上げると、すぐにやってきた。

祖父にうながされるままに、カードでチップを含めて支払いする
経験をすると、リサはなんだか一人前になったような気がした。

「トータル金額を忘れず書くんだよ」
「ねえ、地球の歩き方には、サービス料が入ってたら、チップはいらないって
書いてあったけど、そのときはどうするの?」
「いい質問だ。そのときは、チップの欄に、横線を二本引いて、トータルの
ところに、サブトータルの金額をそのまま書くんだ。
チップは現金でテーブルに置きたいときも、そうするんだよ」

「もし、サブトータルのままで、サインしちゃったらどうなるの」
「まあ、チップのところに100万ドルとかって書かれても文句は
言えないんだけど、非常識なチップは、あとでカード会社に言って、
とりかえせるそうだ。でも、支払いの20%くらいを付けられたら
払うしかないだろうね。
「それって、詐欺じゃん」
「白紙で契約したわけだから、しょうがないんだよ」

「ホテルなんかでも、チップ欄のある伝票を使っているところが
あるから、要注意だよ」
「カードの間違えって、あるの?」
「結構ある。だから、自分の控えは請求がくるまでは当然だけど、
そのあと1年くらいは保存しておいたほうがいいだろうね」
「もし、おかしな請求があったら、速攻でカード会社に連絡するんだね。
ネットで最新の請求状況が見られるんだから」

「ママが言ってたよ、自分の使ったカードの金額と預金残高を
きちんと管理できない人は、カードなんか持つ資格ないって」

こうして、2日目の夜はふけていった。

「えー、ぜんぜんちがうじゃん!!」
大阪のUSJと同じようなもんだと思っていたリサは、ちょっとショックだった。
「ぜんぜん広くて、迫力あるし、なんか本格的!!」

どのアトラクションもおもしろく、広い園内をまわるバスツアーも、
規模が大きい。

「おじいちゃんがディズニーランドより気に入ってるところは
どこかわかる?」
「えっと、がきっぽくないとこ?」
「ほぼ、正解だな。ここは、ホットドック屋さんでもビールを
売ってるんだよ。大人の客もおおいんだろうね」

たしかに、落ち着いた感じのカップルをよく見かける。

夕方まで遊びまわると、アケミとの約束の時間になった。
ビーチに近いコンドミニアム風のアパートのドアをノックすると、
中国系っぽい白人の若い女がドアをあけた。

アケミとおしゃべりしながら、アパートの中を見せてもらう。
若い女の子らしく使っている。

ひとしきりおしゃべりすると、祖父の車に三人で乗り込み、
海岸沿いのレストランへ向かった。

いかにもカリフォルニアっぽいシーフードレストランで、
夕食をすませ、アケミをアパートへ送り届けると、
もう10時近かった。

「おじいちゃんはあした、サンディエゴへ移動するけど、
リサちゃんはどうする?」
「このままホテルにいてもいいし、一緒に来てもいいよ」
「サンディエゴでは、どこに泊まるの」
「ヨットハーバーのマリオットを予約してあるよ」
「じゃ、一緒に連れてって」
「じじいと一緒はいやなんじゃなかったっけ?」
「おじいさま、どうか、リサをサンディエゴに連れてってください」
「うむ、よかろう」

二人して大笑いしてから、これからの計画を相談しようと、
ホテルのスポーツバーに入った。

「ここは、アメフトの中継なんかを見ながら、大騒ぎして、
ビールを飲むところなんだよ。今日は、静かだけどね」
「なんか、60'sって感じ」
「まず、なにか頼んで、サンディエゴでなにをしたいかを
書き出してみよう」

手持ち無沙汰にしているバーテンに、メモ用紙をもらってから
マルガリータを注文すると、二人はなにをしたいか、できるかを
相談しはじめた。

「やりたいことは3つあってね、久しぶりにグライダーに乗りたいのと、
テメキュラでワインを買いたいのと、メキシコに行って、ビタミン剤を
買いたいんだ」
「ワインはわかるけど、あとの2つは?」
「郊外のワーナースプリングスってところに、ちいさな飛行場があって、
グライダーの遊覧飛行とか体験操縦とか、操縦免許教室とかをやっているんだ。
メキシコは、薬が安い。なんだったら、処方箋のいる薬だって、
すぐに処方してくれるドクターがいるし、普通のビタミン剤なんか、激安だ」

リサは、取り立ててやりたいことがないことに気がついた。
(アメリカに行って、友達と会って、ショッピングして・・
もう、すんじゃったじゃない。由紀は、彼を追いかけて東海岸へ
いっちゃったし・・)

「私も、一緒に行動するわ、だから、次に一人で来られるように、
もっといろいろ教えてほしいの」
「ワインの選び方なんかも知りたいし、ホテルの予約だって、自分で
できるようにならなくっちゃ」

「リサちゃん、ずいぶん言うことが変わったね」
「じゃ、今晩はもう寝るとして、明日から、行動開始だ」

リサはベッドに入っても、なかなか寝付けなかった。
適当に遊んで、買い物をして、有名な場所に連れて行ってもらえば
それでいいと思っていたのに、何かが変わってきた感じがする。

そうこうしながら、あれこれ考えていたら、いつしか眠りについた。

翌日、朝食をすますと、祖父はホテルのフロントへリサを連れて行った。
「自分の部屋を予約するんだよ。ここにサンディエゴのホテルが
出ているから」

祖父はカウンターの上からホテル案内を1冊とると、ページをめくって
リサにわたした。

「今日、チェックインで、月曜チェックアウトで頼むんだよ。
1室予約して、レートをウイークエンドレートにしてもらうんだ。
ギャランティーは、リサのカードですること」

「えっと、リザベーション ジスホテル プリーズ」
何回か、なぞなぞのようなやり取りがあったが、なんとか予約を終え、
予約確認のプリントアウトをもらえた。会員カードを作れといわれたので、
ついでに作ることにしたら、フロントの男は、うれしそうに
「アリガトゴザイマス」と言った。

「たぶん、会員勧誘のノルマがあるんだろう」とは祖父の意見。

昼食はワイナリーでとることにして、ホテルをチェックアウトした。

「ここは、セルフパーキングにしたけど、次のホテルでは、
バレーパーキングの実演をするからね、まず、その前に
グライダーとワインだけど」
「バレーなんとかって?」
「案内係りの人が、車を出し入れしてくれるんだよ」
「映画なんかで、ボーイさんにキーを渡して、さっさとホテルに入ってく
シーンがあるだろ?あれだよ」

ホテルの横の広い道をちょっと走ると、フリーウェーだ。
「ここって、405って言うんだね」
「そうだよ。もうちょっと走ったら、5号に入る。そのまままっすぐ行くと、
サンディエゴだけど、途中から山の方に入って、Temeculaって所に行く。
ワイナリーが10軒以上固まっているんだよ。
全部回ってたら、時間が足らないから、適当に2、3軒選んで入ってみよう」

「そこに地図があるから、場所を確認してごらん」

はじめて見る、アメリカの地図に最初はとまどったが、すぐに自分の位置が
理解できた。

「あ、もうすぐインターステート5って出てたよ」
「標識が親切だから、迷わないだろう?」

しばらく走ると、なにやら検問所のようなところにさしかかった。
「これ、料金所?」
「いや、この辺は、有料の橋以外は、無料だよ」
「これは、違法入国の人をチェックしてるんだ」
「でも、LAから南下するほうは、普通、ノーチェックなんだよ」
「違法入国って?」
「メキシコから、こっそりアメリカ側へ入ってくる人がいるんだ」

車は、順調に南下して行き、やがて、目的のインターが近づいた。
フリーウェーを降りて、しばらく田舎道を走ると、ぶどうの絵の描いてある
看板が現れた。

「あ、これって、ワイナリーの看板?」
「そうだよ。人気のありそうなワイナリーに入ってみよう」

スピードを落とした車の窓から、先客のあるワイナリーをチェックする。
「あのなんとかツアーってなに?」
「あれは、ワインの製造工程を説明してくれるって看板だよ」
「まずは、あそこに入ってみよう」

ワイナリーというと、ヨーロッパの田舎のお城のような建物を
想像していたリサは、カントリースタイルの大きな木造の倉庫のような
建物に、ちょっとがっかりした。

車を降りて、「なーんだ、普通の農家じゃないの」と言うと、
「ここはアメリカだからね。フランスの古いワイナリーができたころは、
この辺は、きっとまだ、だれも住んでなかったよ」と祖父。
「まあ、とにかく中に入って見てみよう」

大きな木のドアを開けると、ちょうど、先に到着した2~3のグループが
来場者名簿に記入しているところだった。
「あんたたち、日本から来たの?私たちはワシントン州から来たのよ」
などと、大声で話しかけられた。

記帳を済ますと、太ったおばさんが見学者を集めて、ワイナリーの起源を
説明し、内部を案内してくれた。
外から見た感じよりも、内部はずっと広く、大きなステンレスのタンクや
ずらりと並んだワイン樽、自動でビンに栓をする機械などを見て回った。

「さあ、これからテイスティングだよ」

見学者が最後の部屋に集まると、おばさんはワイングラスを手際よく並べ
ワイナリーの自慢のワインを少しづつグラスに注いだ。

大げさな身振りで、何種類かのワインを紹介するおばさんの表情を
おもしろがりながらワインを飲み比べていくと、たしかに違いはわかる。

「こっちのほうがフルーティーっていってるけど、甘みは最初のほうが
強いんだね。でも、ちょっとのどに引っかかる気がする」
「ミディアムボディーとフルボディーの違いだよ。ぶどうの品種も違うし」

ワイナリーのパンフレットに、感想をメモしていると、案内のおばさんが
近づいてきた。
どうやら、どれが気に入ったかとたずねているようだ。

「ジスワン イズ グッド フォー ドリンク ライク ビアー」
「バット アイ チューズ ザット ワン フォー デナー」

リサの答えはおばさんの気に入ったらしく、大喜びで、ほかの客に
あの日本人の娘はいいこと言ってるよ。あんたたちもこれとこれを買って、
目的別に飲み分けなさい、などと言っている。

リサは調子に乗って、「べりー フルーティー アンド スムーズ」
などと言ってたら、ほかのグループのメンバーは、ずいぶんたくさん買い物を
してリサに手を振って帰っていった。

リサも比較的飲みやすいのを1本えらんで支払いをすると、おばさんが、
スパークリングワインをおまけに1本くれた。
早口で、あんたのおかげで売り上げアップだとか言っている。

祖父が地図を出して、近所のワイナリーの様子を尋ねると、一般公開している
ワイナリーは半数くらいで、その中で、昼食のできるのは2軒あるという。

「じゃ、一番近い、食事のできるところへ行って、様子を見てから、
もう1軒に行こう。食事がすんだらおばさんのおすすめのワイナリーに寄って
ワインツアーはおしまいにしよう」

1軒目ははずれだった。
どう見ても、食事がうまそうには見えない。やたら、ワインを買えとすすめる。
2軒目に移動すると、さっきのワシントン州のグループが食事をしていた。
席が空くまでワインショップでテイスティングを楽しんだ。
「さっきのワイナリーのほうが、渋くないね」
「ここのは、まだ若いんだよ。買って帰ってから、しばらく寝かしておいて
飲むといい」

席が空いたと呼ばれて行くと、ワシントン州組みが、帰るところだった。

新鮮な野菜をあしらったリブと、大麦のパンを赤ワインを一緒に楽しんだ。
テイスティングしたときは渋かったのに、肉を食べながらだと、そうでもない。

「ここのも1本買ってみようか」
「いや、帰りにここを通るから、そのときに買えるよ。
それより、さっきのおばさんのお勧めのワイナリーに行ってみて
それで決めればいい。ワインは荷物になるからね」

おばさんお勧めのワイナリーに着くと、お勧めの理由がなんとなくわかった。

「ここって、なんだか本格的だね」
リサにもワイナリーの格の違いが感じられる。

中に入ると、蝶ネクタイのちょっとキザな男が迎えてくれた。
祖父が、最初のワイナリーで、ここを薦められたと伝えると、
にっこりと笑い、奥へと案内してくれる。

「あ、ここって、大きなタンクがステンレスじゃないんだ」
天井までとどきそうな大きなタンクは木製だ。
「たるのふたも違うよ。」

リサが指差すと、蝶ネクタイ男は、なにやら早口で、
説明をしてくれた。
手間はかかるが、タンクは木製の方が理想的な発酵ができ、
たるの栓は1回ごとに交換する方が味がいい・・・

「ここのビンは他所のより上げ底が深いね」
どうやらリサの指摘は、蝶ネクタイ男が自慢したいことばかりらしく、
肩を抱くようにして、ティスティングルームへ案内した。

いかにも高そうなワインを勧められ、リサは祖父に教わったように
香りと味をたしかめると、ペットボトルのミネラルウオーターで
口をゆすいだ。

それを見ていた蝶ネクタイ男は、にっこりすると、さらにいろいろ
ビンを並べて、こんどはどれを試したいかと聞いてくる。

「あれ、おじいちゃん、こっちのラベルは、さっきの高そうなのと
ちょっとだけデザインがちがうよ。年は同じなのに」
「ああ、それはセカンドラベルと言って、原料のぶどうのランクが少し
下がるんだけど、同じ年のぶどうで同じ様に作った、お買い得なんだよ」

蝶ネクタイ男は、リサがセカンドラベルを比較したいと思ったようで、
さっそくグラスについでくれた。

「えー、違うといえば違うけど、あんまり差がないよ。
でも、ちょっとしぶいかな?」
「値段を聞いてごらん?」

なんと、1瓶あたりの値段が5倍も違う。

「こっちのを3本買うほうがいいな」と、セカンドラベルの3本入りのカートンを
指差すリサ。

蝶ネクタイ男も、この選択を支持しているようだ。
こっちの高い方は、評論家がほめたので、高い値段がついてしまったので、
セカンドラベルのほうが、とてもお買い得になるとかなんとか。

二人はそれぞれワインを買って、蝶ネクタイ男と握手して、ワイナリーを
後にすると、田舎道を少し走ってから79という表示のある国道へ出た。

「ずーと走っていくと、ワーナースプリングスに出るんだね」
「そうだよ。まあ、30分くらいかな」

山沿いの国道をしばらく走っていくと、広い牧場があった。
牛がたくさん飼われている。

やがて、木の柵で区切られた一画で車が止まった。

「ここが空港だよ」
「え、なにも無いじゃない」
「ほら、今、グライダーが出発するところだよ」

なるほど、昔のサイレント映画に出てくるような主翼が2枚ある飛行機が
赤と黄色の縞模様のグライダーを引っ張っている。

本当に、あんなで空を飛ぶのかしらと思ってみていると、
いつの間にかグライダーは浮き上がり、飛行機に引かれて滑走路の
向こう側の林を飛び越えて左に旋回しながら高度を上げていった。

周りを良く見ると、滑走路の脇には2~3機のグライダーが、
出発の準備をしている。

どうやら乗客はみな観光客らしく、記念写真を撮ったり、操縦装置の
説明をうけたりしているようだ。

「さあ、リサちゃん、搭乗手続きをしよう」
「私も乗るの?」
「当然だよ。日本じゃめったにできない体験だからね。
ジェットコースターより怖くないから大丈夫」

古びた山小屋のような建物に入ると、グライダーやインストラクターの
写真が壁にいっぱい張ってある。

「こっちの太めなのが、体験操縦につかうグライダーで、向こうの
スマートなのが遊覧飛行とか、競技会につかう高級機だよ」

住所と名前を登録して、クレジットカードで支払いを済ませると、
番号札を渡され、外で待つように言われた。

しばらくすると、何機かのグライダーが着陸して、リサたちの番になった。

リサのインストラクターは、ケンというやせた男で、片言の日本語が
出来る。

早速コックピットにおさまったリサは、基本的な上下左右の操作を
教わった。

やがて、ケンもリサの後ろに乗り込み、係りのおんなの人が
ワイヤーをつないで手を振ると、古めかしい飛行機に乗った
ヒゲ面のおとこが合図を返し、ワイヤーに引かれたグライダーは
ごとごとと走り始めた。

こんなでこぼこの滑走路でいいのかなと思っているうちに、
グライダーは機体が浮き始める。

ケンが操縦桿を少し引くのがリサにもわかった。
「え、もう飛んでる!」

飛行機は大きく円を描きながら、高度を上げていく。
リサは教わったばかりの高度計を見ながら、そっとまわりを見渡した。
向こうの山の中腹に、丸い屋根が見える。

「パロマーオブザーバトリー」ケンが有名な天文台だと教える。

やがて、飛行機が主翼を左右に振って合図すると、ケンはリサに
ワイヤーの切り離しを命じた。

「これ、ぎゅってします」
言われるままにレバーを引くと、ワイヤーがはずれて、グライダーは急に
ふわっとした感じになった。

「飛行機右、私たち左ね」
言われるままに、おそるおそる左旋回をするリサ
「そうそう、じょうずです。こんどは右します」

リサがこわごわ旋回を終えると、ケンが見本を示してくれた。
上空でうろうろしていると、ケンが下を見ろという。

「ぐらんどぱぱさんきました」

やがて、祖父はリサたちよりも高く上昇して、飛行機から切り離されると、
谷間に見える湖の方へと向かって行った。

しばらく操縦を楽しんでいるうちに、すっかり高度が下がってきている。
「エアポートもどります。着陸はケンがします」

ケンは、てきぱきと着陸のための確認をすませ、スピードを上手に
落としながら、滑走路の端にグライダーを向けた。

着陸してから、記念写真を撮って、一休みしていると、祖父も
戻ってきた。

「りさちゃん、どうだった?操縦できたかい?」
「うん、ケンに言わせると、はじめてにしては上手だって」
「おじいちゃんは、遠くまで行ってきたの?」
「湖の上で、上昇気流を探したんだけど、残念ながら
いい風が無くてね。でも、十分楽しんだよ」

帰り道は、違うルートでサンディエゴへ向かうことにした。

国道79を南下してすぐ、国道78と交差する。そこを西に曲がって
ひたすら山道を走ると、やがて町へ出た。

「ここがエスコンディードだよ」
「このままI-5まで行けばいいんだね」
「いや、手前のI-15に乗って、途中からI-163に移るんだよ」
「そうすれば、ダウンタウンに直接入れる」

反対車線のI-15北行きは、大変な渋滞だった。

「みんな、仕事が終わって、郊外のマイホームへ帰るところなんだ」

いつの間にか車はI-163に入り、やがて、車線が少なくなると、
森の中をくぐるような並木道風の道路になった。

「この上は、大きな公園になっているんだよ」

突然、その道が終わると、ダウンタウンだった。
にぎやかなメキシコとアメリカがごっちゃになったような町をぬけると、
もう海岸だ。
ヨットやクルーザーが並んできるのが見える。

「ほら、もうホテルだよ」

ホテルの玄関に車を横付けすると、制服の男が駆け寄った。
「Please park my car. We will check in.」
と、祖父が言って、車のキーを渡す。
男は「Yes Sir」と言って、番号札になにか書いて差し出した。
祖父は、それを受け取り、1ドル札を渡す。

いつの間にか、トランクが開けられ、スーツケースがワゴンに
乗せられている。

「リサちゃん、チップ用の1ドル札はあるかい?」
「うん、だいじょうぶ。ワインはカードで買ったし」

ワイナリーで、現金はとっておくように言われたのだ。

一緒にチェックインカウンターへ行くと、祖父は、
「Take care this lady first please.」と言った。
リサはあわてて、予約確認のプリントアウトとクレジットカードと
会員カードを差し出す。

奥から、もう1人出てきて、祖父のチェックインを始めた。
リサは、言われるままに、禁煙、喫煙の希望、ベッドは1つか2つか
などの質問にどうにか答えサインをすると、祖父の相手をしている係員が
なにか聞いてきた。

よくわからないままに「Yes」と答えると、係員同士がなにやら
言い合いをはじめた。
どうやら、リサの部屋と祖父の部屋の関係に問題がありそうだ。

「リサちゃん、なんのことかわかっててイエスって言ったのかい?」
「ううん、よくわかんないけど、おじいちゃんの部屋に行くのに
便利なのがいいかっていわれたんでしょ?」
「コネクティングルームの方が便利だろうから、探しましょうか?って
言われたんだよ。隣同士の部屋で、廊下に出ないで部屋同士で行き来できる
鍵のついたドアのある部屋だよ」
「なんで、この人たち、言い合ってるの?」
「おじいちゃんの部屋は、会員アップグレードで、広い部屋になったんだけど
そこの隣はだれかもう使ってるみたいだね」
「べつに、隣同士でなくても、同じ階ならそれで十分なのにね」
「じゃ、そう、言ってあげなさい」

「Excuse me, If no connecting room, Same floor is OK」

どうやら、伝わったようだ。
係員は、なにやら相談すると、「Upgrade room side by side」と言って
カードキーをくれた。

「あ、荷物は?」
「ちゃんと部屋まで運んでくれるよ。キーとカードフォルダーを
ボーイさんに渡しなさい」

白い制服に、そろいの白い帽子をかぶった若い男が、二人のキーを
受け取ると、エレベーターに案内した。

リサの部屋は、祖父の部屋ほど大きくはないものの、十分な広さで
ベッドも大きい。
スーツケースを運んできたボーイさんが、カーテンを開けたり、
TVはここで、エアコンのスイッチはここでなどとわかりきった説明を
はじめた。
(そんなこと説明しなくてもわかるのに)
リサは、チップを渡すことに気がついた。
ボーイに、あわててチップを渡すと、にっこりほほえんで部屋を出て行った。

あらためて外を見ると、きれいな海岸とヨットハーバーが一望できる。
(これが、アップグレードなんだ)リサは納得した。
自分ひとりで来たら、反対側の見晴らしの悪い部屋になってたんだろうか?
そう思うと、自分でホテルの予約も出来るようになったつもりでいても、
まだまだ初心者レベルなんだと思った。

ドアがノックされた。
「おじいちゃん?」
「そうだよ。まだ食事には早いから、ちょっと散歩して、どっかいいお店が
あったら食事しないかい?」
「うん、じゃ、用意するからちょっと待っててね。おじいちゃんの部屋を
ノックするから」

クローゼットの中にあるセーフティーボックスに貴重品をしまい、
簡単に身づくろいすると、隣の部屋に向かった。
祖父の部屋は流し台つきのミニバーと電子レンジがあり、
大きなバルコニーがついていて夕方の日差しがまぶしい。

「ここで朝ごはんを食べたら気持ちがいいかも」
「リサちゃんがそうしたいなら、明日の朝はルームサービスを頼んで
ここで食べてもいいよ」

ホテルを出て、夕暮れのヨットハーバー沿いに、散歩していくと
アーリーアメリカン風の市場のようなところに出た。

「ここがシーポートビレッジだよ」

風船を売ってる人や、似顔絵を描く人の間を抜けると、ロッジ風のレストランが
何軒か並んでいる。

「このシーフードパスタって、どんなシーフードだろう?」
「このステーキって、やたら安いけど、ちゃんとしたお肉?」
などと、冷やかしながら歩いていくと、自家製のパンが飾ってある店で
声を掛けられた。

夕方のパンが焼きあがったから、うちでディナーにしろということらしい。
リサは「焼きたてのパン」と聞いて、気に入ってしまった。
祖父もまんざらでなさそうなので、この店で食事をすることにした。

「リサちゃん、明日はメキシコに行って、あさってはもう帰るんだよ。
やりのこしたことはないかい?」
「ううん、もう、十分だよ。あさっては、一旦ロスまで戻るの?」
「いや、車はサンディエゴで返して飛行機でロスまで行こう」
「でも、飛行機の切符は成田~ロス往復だよ」
「だいじょうぶ、明日の朝、ここからロスまでの切符を買うから。
安い切符があるから、それでロスまで出て、乗り換えるんだよ」

(アメリカにしては)小ぶりなステーキとロブスターのメインコースが
終わって、アイスクリームを食べていると、祖父の携帯が鳴った。
リサは自分にかかってきたのかとおもったら、ちがうようだ。

祖父は席をはずしてしばらく携帯をつかっていたが、にやにやしながら
戻ってきた。

「なにかあったの?」
「うん、昔の知り合い同士が結婚することになったんだ。ずーとおつきあい
してたんだけど、ぜんぜん結婚の話が出ないので、周りでは、
きっと、形式にとらわれないで、一緒に生活したいんだろうって
思ってたんだけど、当人たちの心境の変化で、結婚式をやりたくなったんだって」
「それって、どこの人?」
「オースティンっていう、テキサスの町に住んでる知り合いだよ。
昔々、おじいちゃんが会社勤めしているころの取引先の人だ。もういい加減
年寄りだけどね」
「日本の知り合いに結婚式をするって知らせたら、おじいちゃんが
ここに来てるってことを教わったんで、電話してきたんだよ」
「じゃ、結婚式に出るの?」
「そうしようかとおもっているけど、あさってなんだ」
「じゃ、日本に帰るのを遅らせるの?」
「うん、そうするしかないだろう。そこで相談なんだけど、
あした、メキシコから帰ってきたら、リサちゃん一人で夜の飛行機
に乗って、ロスまで行けないかい?ここのホテルは1泊でチェックアウトして
明日の晩はロスの空港の近くで1泊、あさっての朝の飛行機に乗ればいい」

リサは、突然の一人旅の話に、ちょっと動揺したが、アメリカに
着いたら別行動などと言ってきたくせに、祖父にくっついていてばかりでは
帰ってから、格好がつかないことに気がついた。

「うん、いいよ。だいじょうぶ。アメリカでは別行動のつもりだったんだもん」
「それよりおじいちゃんは、どうするの?」
「明日の夜の飛行機で、オースティンへ移動して、そこで1泊、
あさっての結婚式に参列するよ。せっかくだから、アリゾナに回って
買い物でもしてこようかな」

「じゃ、明日の朝は、チェックアウトだね」
「フロントで交渉して夕方のチェックアウトにしてもらおう」

ホテルに戻って、フロントで2泊の予定を1泊にすることを告げて、
できるだけ遅くチェックアウトさせてくれるように頼むと、
どっちか片方の部屋を空けてくれれば、4時まで部屋にいていいという。
リサは自分の部屋を先にチェックアウトすることにして、
荷物は祖父の部屋に置いて、メキシコ見物にでかけることにした。

祖父は、市内の旅行代理店の場所を聞いている。どうも、
日曜に開いているところがなさそうだ。
「空港でかえないの?」
「そうすると、やたら高いんだよ。ちょっと、ネットでさがしてみるか」

ビジネスセンターでPCを使うと言う祖父と別れて、リサは自分の部屋に
戻って、荷物をかたづけはじめた。
車で移動するなら買い物した袋のままでばらばらでもいいけれど、
飛行機に乗るなら、ちゃんと荷造りしなくては。

部屋の電話が鳴った。
「リサちゃん、チケットがとれたよ。6時出発のロサンゼルス行きだよ。
おじいちゃんは、5時半のダラス行きに乗って、乗り換えでオースティンに行く」
「じゃ、サンディエゴの空港でお別れなんだね」
「そうだね。ちょっとこっちへこられるかい?リサちゃんのロスのホテルを
予約しなくちゃね」

ビジネスセンターのPCで、大手のホテルチェーンのサイトに出ている
ルームレートを比較すると、LAの空港の近くのウエスティンが、ウイークエンド
限定で安く出ている。リサはその価格をメモすると、フロントへ行き、
LAエアポートマリオットの価格をたずねた。
フロントの言う価格は、ウエスティンより高い。

「どうしようかな?同じチェーンでポイントをためるか、とりあえず
安いほうにするか?」
「リサちゃんは、マリオットの雰囲気をどう思う?」
「うーん、わりと家庭的かな?」
「じゃあ、ウエスティンに泊まってみて、違いを感じてみるといいだろう。
それに、ずいぶん値段がちがうんだろう?」
「うん、どっちもウイークエンドなのに、25ドルもちがうんだ」
「ウエスティンの安いのはキャンセルポリシーがちがうのと、
ネットオンリープライスじゃないかい?」
「キャンセルポリシーって?」
「いったん予約したら、キャンセルはできませんってなってないかい?」
「えーっと、あ、そうみたい。だから安いんだね」
「まあ、どうせキャンセルは考えなくていいんだから、安いほうにすれば?」

リサはホテルのPCを操作して、明日の夜、1泊分の予約を入れた。
祖父は、ブラウザのキャッシュのクリア方法をリサに教えた。
「こうしておけば、カード番号が残ったりしないんだよ」
「チェックインするときに、SPGの入会を申し込みなさい。そうすれば
向こうのホテルチェーンでもポイントがたまるよ」

「飛行機の切符はどこで買うの?」
「チケットレスで買うから、空港で、チェックインのときに、クレジットカード
を機械にいれれば、搭乗券が出てくるんだよ」
「航空会社と提携して、安くチケットをネット販売している業者を
見つけたんだ。リサちゃんの分も予約してあるよ」

二人は、明日にそなえて、早めに寝ることにした。
昼間の疲れも手伝って、すぐに眠ってしまった。

翌日もいい天気だった。
「おじいちゃん、朝ごはんを頼むんでしょ?」
祖父の部屋に電話して、ルームサービスの朝食のメニューを相談する。
「なにをたのんでも多すぎるから、オムレツを 1人前で十分だよ。
食器は部屋にあるし、コーヒーは無料サービスで持ってきてくれる」
「じゃ、頼んでおいて。その間に、チェックアウトしてくる。

リサは、スーツケースを祖父の部屋に入れて、自分の部屋をチェックアウトした。
例によって、なぞなぞになりかけたが、昨日、祖父がチェックアウトするのを
そばで見ていたためか、意外とすんなり終わった。

祖父の部屋に戻ると、ちょうど、ルームサービスが届いたところだ。
巨大なオムレツには、ロールパンとトーストまでついている。
ケチャップもジャムもあるし、コーヒーポットも大きい。

祖父は、伝票にサインすると、「Chip is here」と言った。
「伝票にチップを書いて、合計してサインしたんだね」
と、ボーイが去ってからリサが言うと、
「わかってきたね。だいたい15%と言うんだけれど、
半端なときは、切り上げが普通なんだ」

バルコニーのテーブルで食べる朝食は、なんだかおかしかった。
「なんか、笑っちゃうよ。ほかの部屋の人が見たら、どう思うんだろ」
「ちゃんと見えないようになってるんだな、これが」

なるほど、仕切りの設計がいいのか、隣の部屋はもちろん、上の階からも
見えない。

朝食をおえると、食器を廊下に出して、1階のロビーへ行く。
「貴重品はホテルにあずけて、パスポートと現金だけ持っていくんだよ」
「クレジットカードは持ってかないの?」
「メキシコで、クレジットカードを使うと、番号を悪用されることがあるんで、
現金だけでいいんだ」

祖父の運転する車は、市内を抜けるとフリーウエーに入り、国境をめざして
南下していった。
「これって、I-805だよね?メキシコの中までつながってるの?」
「いや、国境の手前で終わってるよ。大きなショッピングモールや
有料駐車場があって、今日は日曜だし、にぎやかだろうな」

フリーウエーはすぐに終わって、小さな町に入った。
「この辺の駐車場に入れよう」
「駐車料金って、結構高いんだね」
「国境のゲートに近いほうが高いんだよ」
「あれ、あっちに車が列を作っているよ。車ごとメキシコに
入れるんじゃないの?」
「そうなんだけど、あのレンタカーは、メキシコに入れる契約じゃないんだ」
「昔、会社の人が、レンタカーで入っちゃって、悪徳警官に捕まって
罰金だといって、大金を巻き上げられちゃったことがある」
「へー、レンタカーって、結構不便なんだ」
「高い料金の契約をすれば、メキシコに入ってもいいんだけどね。
事故が多いから、買い物だけなら、歩いていく人のほうが多いんだよ」

ゲートを抜けると、係官がチェックしている。
何も見せないで通って行く人も多い。
祖父はパスポートの表紙を係官に見せると、「OK」と言われた。
リサがまねすると、なぜか係官は、リサからパスポートを受け取り、
中の写真をチェックして返してきた。

「なんで私は、チェックされるんだろ?」
「若い女の子の写真をよくみたかったんだろう」

アメリカ側とメキシコ側の2箇所のチェックを通過すると、
そこはもう、メキシコの街だった。

「この辺は、スリとか多いから、気をつけなさい」

アメリカ側と違って、ごみごみした通りの両側に、商店が並んでいる。
「薬屋さんはどこ?」
「その辺の店がみんなそうだよ」

店先に、なにやら民芸品を並べているので、とても薬屋には見えない。

よく見ると、奥のほうにはカウンターがあり、色とりどりのパッケージが
並んでいる。

祖父は店頭のワゴンに積み上げられたビタミン剤をいくつか選び、
店の中に入っていった。

これだけいっぺんに買うから、端数を負けろと交渉している。
5分くらいなんだかんだと言い合うと、交渉が成立し、祖父は金を
払って、店を出た。
「リサちゃんはなにも買わないのかい?」
「ビタミン剤はいらないから、あそこの店の革製品を買おうかな?」

あまり派手でない色の小銭入れを、お土産用に、いくつか
選んで買った。
「早めだけど、お昼にしよう」

適当に選んだ店に入り、ブリトーを注文する。
運ばれてきたブリトーは、日本のコンビニで売っているのの
何倍もの大きさだ。

「すごーい、具が一杯入ってる」

なぜか、米ドルで、支払いができてしまう。

買い物も食事も済んだので、ぶらぶら歩いて国境へ向かう。
「そのビタミン剤、どのくらい安いの?」
「日本で買う5分の1くらいかな?」
「私もひとつくらい買ってもいいかな?」
「じゃ、そこの店のワゴンセールで買えばいい」

リサはビタミンCの小瓶とビタミンとミネラルの複合剤の小瓶を
1ケづつ買った。
「1ケ2ドル50セントだって」
「安いだろう?」
「うん、でも日本でみんなが知ってる会社じゃないから、
お土産にあげても喜んでもらえないね」
「アメリカ人には、有名な会社なんだけどね」

来た時と逆のルートで国境を越える。
「あの人たち、係りの人に、なんて言ってるの?」
「US CITIZEN」って言ってるんだよ。
「私もそう言えば、パスポートを見せなくても通れる?」
「すぐ、ばれちゃうそうだよ。どうやって見分けられるのかわからないけど」

駐車場に戻る途中に、ファクトリーアウトレットがあった。
「なんで、こんなところにあるの?」
「メキシコに買い物に来る人を目当てに、作ったんだろう。入ってみようか」

日本では、あまり知られてないかばん屋さんとか靴屋さんに混じって、
有名ブランドのスポーツ用品の店もある。

「あ、これ、去年はやったデザインだ。でも、半額もしないよ」
「よく見てごらん、ここの白地のところに色移りしているだろう?
だから、安いんだ。箱に押してあるスタンプに、はっきり書いてある」

よくよくチェックすると、同じデザインのスニーカーでも、欠点の内容で
価格がちがう。

「おもしろいね。私、これ欲しかったんだ。色移りしてても
普段履くのにはOKだよ」

リサは、去年話題になったデザインのスニーカーを買うことにした。
「サイズもいっぱいあるし、そんなに程度が悪くないのに
こんなに安くなっちゃうんだね」

車のなかでも、リサはご機嫌だった。
(もしかして、このスニーカーが、今回の旅行の買い物では、一番の
ヒットかも)

I-805を北上して、いったん市内を抜けると、車はホテルに到着した。
駐車係りにチップを渡して、チェックアウトして、すぐ戻るから
車庫に入れないようにと頼むと、二人は部屋から荷物を出して、
フロントでチェックアウトした。

リサの支払いは約80ドル。祖父は朝のオムレツの分が入って
100ドルちょっとだった。

「なんだか、日本のホテルって、馬鹿にしてるよね」
「値段のことかい?まあ、人件費とか、土地代とか、環境がちがうけどね」

荷物を積んで、海岸沿いの道を走ると、もう空港だ。
道路をはさんでハーツの案内標識が出ている。
「この、Car Return って方へ行くんだね。あ、黄色いバスが前の方に
いるよ。あれで空港までつれてってくれるんだね」
「まあ、急がなくても時間はあるから大丈夫。
その前に、ガソリンを入れるよ。車の返却も見ておきなさい」

ガソリンスタンドには先客が1台あった。
「あ、ここって、セルフなんだね。でも、日本と違って、
カードをいれるところしかないよ。現金だとどうするの?」
「現金の時は、あっちの店のレジで、先にお金を渡して、
何番のポンプって言って、スイッチを入れてもらうんだ。
預けたお金分だけポンプが動いてガソリンが入れられる。
お金があまれば、当然おつりをくれる」

「じゃ、私のカードで払って。いっぱいご馳走になったし、
ずっと車の運転をしてくれたんだもの、このくらい払わせて」
「じゃあ、お言葉にあまえさせてもらうよ」

カードの使い方は簡単だった。
絵のとおりに差し込むと、抜けと表示が出る。
抜くと、カードのチェック中の表示が出て、給油OKになる。
あとは日本のセルフと同じで、ホースの先の給油口を
車に差込み、レバーを引く。
満タンになると、レバーが自動的に戻るのも、日本と同じだった。

ホースを戻すと、合計価格が表示される。
「Yes って押すと、レシートが出るよ」

レシートには、給油量がガロンで表示されている。
「1ガロンって、何リットル?」
「だいたい、4リットル弱かな?」
「うーん、日本の値段の3分の1くらいだね」

ガソリンを入れると、すぐそばが、レンタカー会社の駐車場だった。

広い駐車場の入り口は、地面から鉄のとげとげが出ていた。
逆走防止だという。

中に入ると、制服の係員が誘導してくれて、空いているスペースに
案内された。

レンタカーの契約書を渡すと、係員が車のメーターをみて、なにか
書き込んでいる。

「何キロいや、何マイル走ったか、ガソリンはどのくらい減ってるか
チェックしてるんだ。」
「ねえ、私のクレジットカードで払ってもいい?」
「いいけど、すぐにそういわないと」

ちょうど、そのとき、係員が「Pay by Credit Card?」と聞いてきた。
祖父は、「Let us pay different Card」と言って、事務所の方を
指差した。
「OK Take this」と、走行距離を書き込んだ契約書のホルダーを渡してくれる。

二人は、忘れ物の無いことを確認すると、スーツケースを押して、事務所に
入った。

貸し出し窓口は混んでいたが、返却窓口には、先客が1人いるだけだ。
祖父が、「Please let us pay using my daughter's Card」といって、
書類とカードを差し出す。
手続きはあっという間に終わってしまった。
「Bus will leave another 2min」といわれたので、
バスに乗り込むと、すぐに発車した。

運転手は、マイクを通して、なにかとおしゃべりする。
サンディエゴは楽しかったかとか、明日もいい天気だろうとか。
そのうち、「Everyone, Which Airline?」と言う。
乗客は口々に、アメリカンとかユナイテッドとか言い返す。
「私たちはどこの会社?」
「アメリカンだよ。正確にはアメリカンイーグルって子会社だけどね」
「明日は、ホテルのバスに乗るときに、ユナイテッド・インターナショナル
って言うんだよ、国内線と国際線は離れてるから」

バスは空港内をぐるぐる回って、乗客を降ろしていく。
リサたちもアメリカン航空の出発ビルの前で降りた。

中に入ると、カウンターが並んでいる。
二人がカウンターにそれぞれの乗るフライト番号のメモとクレジットカード
をおくと、係員がコンピュータを操作して、搭乗券を作ってくれた。
祖父のマイレッジカードを返しながら、リサにもカードを出せという。
「I have no Card.Please make me American airline's card now.」というと、
それまで無愛想だった係員は、とたんにニコニコしながらリサに
申込書を渡して、書き方を説明する。

二人がリサの乗る便の搭乗ゲートへ着くと、なにやら騒がしい。
「なんか、アナウンスしてるけど、ボランティーアってなあに?」
「ボランティアのことだよ。定員以上に切符を売ってしまって
乗り継ぎの人とか、絶対乗せなきゃなんない人の席がなくなっちゃったんだろう」
「なにか、お金をくれるようなことを言ってるよ」
「まだ、小切手だね。50ドルの小切手をあげるから、1時間あとの便に
しませんか?って言ってる」
「でも、みんな、無視してるね。現金だったら私、1時間遅れてもいいのにな」
「まあ、おじいちゃんのフライトが先だから、どうせ1人になっちゃうんだし、
今日はLAのホテルに入るだけだから、立候補してみたら。カウンターのそばに
移動して、現金って言ったら、すぐ手をあげるんだよ」

やがて、小切手100ドルか現金50ドルの声が聞こえた。
リサは、すぐに手を上げながら、カウンターに駆け寄った。
リサの後から何人かカウンターに寄ってきたが、どうやら3人までのようだ。

リサは、現金50ドルと、新しい搭乗券をもらい、別のゲートナンバーを
教わった。

「おじいちゃん、まだ時間あるでしょう?このお金で早めの夕ご飯に
しようよ。あそこのレストランに、うどんののれんが見えたよ」
「じゃあ、そうしようか。LAに着いたら、Grand Transportation ってほうに
行くんだよ。レンタカーのバスが走っているところに、ホテルのバスも
来るから。あまりまたされるようなら、ホテルに電話しなさい。
「なんとかなるよ。本当に困ったら、おじいちゃんに電話するし、アケミに
電話してもいいんだから」

うどんだかラーメンだかわからない、いかにもアメリカ風の麺を食べ終わると
祖父の乗るゲートまで一緒に行った。
どこのワインがおいしかったとか、話してるうちに、搭乗開始になった。
「気をつけるんだよ」「おじいちゃんこそちゃんと乗り換えてね」
祖父に手を振ってから、リサは自分のフライトのゲートへ移動した。
チケットにプリントされたゲート番号を頼りにたどり着くと、なぜか、
がらんとしている。

何人かの乗客が、手持ちぶさたにすわっているだけだ。
(なんでだろう?1時間前の便は、乗り切れない人がいたくらいなのに)
リサは、ゲートの入り口の表示板を見上げた。
3時間も先の、知らない都市へのフライトが出ている。
(なんか、おかしい)
リサは、だれか、尋ねる相手をさがした。
通路の向かい側のカウンターに、同じ航空会社の制服の人が
なにかしている。(あのひとに聞いてみよう。わからなかったら、
だれに聞けばいいかを教えてもらうとか・・)

「エクスキューズミー」と話しかけて、搭乗券を見せ、
このゲートでいいのかとたずねると、廊下のほうに設置してある
大きなディスプレーのところへと連れて行かれた。
「Here, you can check」と言って、カウンターへ戻って行ってしまった。

(えーっと、これが便名で、LA行きでしょ。え、ゲートチェンジってことは
ゲートが変わったってこと)
リサの様子をみていたらしい、ほかの客がリサの周りにやってきた。
どうやら、リサと同じく、ゲートの変更を知らなかったらしい。
結局、待合室にいた全員が、新しいゲートに移動してしまった。
リサは、「あなたのおかげで乗り遅れなくてよかった」などと
感謝されてしまった。

リサにお礼を言った老婦人は、サンディエゴの娘に会いに来たようだ。
LAにご主人が出迎えにきているという。

新しいゲートは、にぎやかだった。やがて、搭乗開始になり、
さっきの老婦人に頼まれて荷物をもってあげていたリサは、
お年寄りと付き添いは優先ということで先に搭乗させられた。
荷物をしまってやって、片言で、LAについたらまた運んであげると
言うと、大げさによろこばれた。

おおよそ8割の席が埋まると、ドアが閉められ、飛行機は出発した。
(距離が短いから、飛行機も小さいのね)

窓から海岸線を見ていると、やがて高度が下がり、LAに着陸した。

さっきのおばあさんの荷物を持ってやり、荷物受け取りの
ベルトコンベアのところへ行くと、外で、白髪の男が手を振っている。
どうやら、おばあさんのご主人らしい。
出口の係員に許可をもらったらしく、おじいさんは中に入ってきた。
大げさに抱き合って再開を喜んでいる。
(飛行機で1時間たらず、車でも4時間くらいなのに、あんなに大げさに
よろこぶんだ)
リサが感心していると、おじいさんが握手を求めた。
どういたしましてとか、知ってる単語をならべていると、
コンベアが回りだした。
おばあさんの荷物がなかなかでてこない。
リサは自分の荷物もなかなか出てこないので、たぶん、一緒に
出てくるんだろうとたかをくくっていた。

ほとんど最後になって、おばあさんの荷物が出てきたが、
リサの荷物は出てこない。

おじいさんが、リサのバゲージタグを見て、係員のところへ連れて行って
くれた。

リサに代わって荷物がでてこないと言ってくれてる。
リサは、大事なことに気がついた。
バッグの中からチェックインの時にカウンターで見せたメモを出し、
搭乗券の半券を一緒にみせる。
「ボランティーア」というと、係員は事情がわかったようだ。
どこかに電話をかけている。
どうやら、リサが1時間あとの飛行機に変更したときに、荷物が
きちんと積み替えられずに、サンディエゴに置き去りに
されてたようだ。

おじいさんが、どこのホテルかと聞くので、エアポートウエスティンと
答えると、係員は、このあとのフライトで運んでくるから、今晩中にホテルに
届けると言う。

リサはそれを聞いてほっとして、「OK」といったが、おじいさんは、
係員の名前を、リサのメモの裏に書かせて、さらに航空会社の連絡先の
電話番号と、荷物をのせるというフライトの番号、到着時間などを
書き留めさせた。

係員は、それをリサに渡しながら、心配だったらホテルから
電話をしろという。

おじいさんは、ホテルの人に、電話してもらえばいいんだと、アドバイス
してくれた。

荷物のそばで待っていたおばあさんと、いろいろ心配してくれた
おじいさんにお礼を言うと、外のバス停まで、一緒に行こうと
言ってくれた。有料駐車場の送迎バスに乗るらしい。

水曜日に到着した時の建物とは別のビルだが、外の景色はいっしょだ。
やがて、駐車場の送迎とウエスティンのバスが、相次いで到着し、
リサはお別れを言った。
おばあさんと、おじいさんに抱きしめられて、お別れしてから
リサは相手の名前を知らないことに気がついた。

(まあ、いいか、でも、荷物を持ってあげてよかった。
おかげで、ずいぶん助けられちゃった)

ホテルは、なかなかいい雰囲気だった。
ロビーで談笑する人たちも、ビジネスマン風だ。
リサは、チェックインするときに、会員証を作りたいと言うと、
会員証以外に、いっぱいパンフレットやらなにかの割引券やら
渡された。
そのなかに、なにかの招待状のようなものがある。
説明を聞くと、お得意様向けに、ラウンジでなにやら記念パーティーを
してるので、新しく会員になったメンバーも招待しますということらしい。

ちょうど始まったばかりだというので、のぞいてみることにした。
(あんまり浮いてしまうようなら、もどってくればいいし)
部屋に手荷物を置き、貴重品をしまうと、ハンドバッグだけ持って、
出かけてみた。
(おじいちゃんが、夜になるとこの辺、外はぶっそうだって言ってたから、
ちょうどいいや)

ラウンジは広々としていて、落ち着いた内装と、どっしりした
家具で高級感をただよわせている。
入り口で招待状を見せると、紺のスーツの女性が案内してくれた。
家具を取り替えたり、壁紙を張り替えたりして、ラウンジを改装した、
記念のお披露目パーティーなのだという。

10人ほどの宿泊客が、談笑しながらピザを食べたり、ビールを飲んだり
している。
スーツの女性が、「This is Miss Risa from Japan」と紹介すると、
いっせいに握手されたり、自己紹介されたりした。
いきなり知らない人たちにかこまれて、どぎまぎしていたが、
どうやら、先客同士もお互い知らない人同士のようだ。

リサは、ピザを一口食べて、ビールをことわり、カウンターのワインに
近寄った。
座っていた若い男の一人が立ち上がり、リサのそばに来ると、
ワインの栓を抜こうかと言う。
リサは、そこにあったワインのラベルをみて、どれをためそうかと
考えていた。
男が、こっちはカリフォルニアで、こっちはフランスだとか言っている。
うるさくなってきたリサは、どういう味の違いがあるかと聞いてみた。
すると、少し離れたソファーに座って黙っていた中年の男が
リサに話しかけてきた。リサは自分のにわか知識とぁゃιぃ英語を
駆使して、いいかげんな薀蓄を並べてみた。

これが中年男に受けたらしく、勝手にリサのことをワインの勉強を
している日本人と決め付けてしまった。
否定するのがめんどくさくなったリサは、勉強ははじめたばかりだけど、
ワインの世界は奥が深いとか何とか言って、煙にまいた。

2人のやりとりを聞いていた若い方のおとこは、だまって席へ戻っていった。
さっきの案内をしてくれた女性が、奥にいた、蝶ネクタイの上司らしい
男を連れてきた。
どうやら、もっといいワインを要求していると思われたらしい。

とりあえずリサは、ほめる作戦でこの場から逃げ出そうと思った。
それが逆効果だったらしく、用意してあったワインのテイスティングを
片っ端からさせられてしまった。

リサがてきとうなコメントを言うと、その場の一同も飲んでみて、
そういえばそうだとか、調子をあわせるので、大いに盛り上がった。

蝶ネクタイが、ホテルのサポートが必要ならなんでも
言ってくれというので、荷物が届いてるか確認してもらった。
メモをみた蝶ネクタイは、早速、荷物がついてるかどうか、
まだなら空港に確認して、空港にとどいているならホテルの
バスで運んでくるように手配してくれた。

いろいろなオードブルとピザでおなかがいっぱいになり、
ワインでご機嫌なリサのところに、さっきのスーツの女性が
やってきて、荷物が届いて、部屋に配送したところだという。

リサは荷物のチェックをすると言って、その場を辞した。
「未来のソムリエールに乾杯」と言う声に背中を押されながら、
自分の部屋に向かった。

部屋に入ると、荷物は、きちんとベッドサイドに置かれ、
中をチェックしても、なにも問題はなかった。
(やれやれだわ。着替えて、明日の用意をしなくちゃ)
ベッドサイドにおいてある目覚ましがなることを確認して6時半にセットする。
電話のメモ用紙ホルダーによると、電話でも目覚ましのセットができるようだ。
(念のために、こっちもセットしておこう)

明日の着替えを用意して、機内で使うものをとりわけたりすると、
リサは入浴剤を入れたバスタイムを楽しんだ。

ふと、目がさめると、電話が鳴っている。
あわててバスタブから出て、バスタオルを体に巻きつけながら、
受話器をとった。

「リサちゃんかい?寝てるところをおこしちゃったかな?」
「あ、おじいちゃん、いま、お風呂に入っていたんだ。
もう、あれから大変だったよ」

リサが、荷物が出てこなかったこと、老夫婦に助けられたこと、
ホテルで、ラウンジの改装記念のパーティーに招待されたこと、
おかげで荷物がちゃんと配達されたことなどを話した。

「いつの間にか、リサちゃんは大人になったね」
「そうかな?」
「もう、一人でアメリカに来られるね」
「おじいちゃんの方は、どんな様子?」
「もう、オースティンのホテルに入ったよ。こっちは
1時間の時差があるから、もう真夜中だけどね」
「じゃあ、あしたの結婚式、楽しんで。もう、寝るんでしょ?」
「うん、リサちゃんも気をつけて帰りなさい」
「はい、おやすみなさい」

電話を切ってから、シャワーをあび直したリサは、すぐ、眠りについた。

翌朝は、いまにも雨が降りそうな天気だった。

1階に下りて、朝食の前に、ホテルのバスの時間を確認することにした。
「Hello, What is the shuttle bus interval to airport?」
玄関のそばのカウンターで、駐車券を整理している制服の男に尋ねると、
「Every 20 min. What time is your flight? I recommend 2H half at airport
before departure.」という。

(えーっと、11時半だったから・・)
「My flight is 11:30, so...」
リサが2時間半を暗算しようとしていると、
「Take 8:40 Bus Please. That is good for you.」という。
リサがOKというと、部屋番号をノートに記録し、
「Please check out and come here 5min. before」といわれた。

(8:35には、玄関に行ってるって、結構忙しいじゃん。もう7:30だもの)
さっそく、レストランの入り口へ行ってみると、朝食の
メニューが黒板に書かれている。
(朝食料金は宿泊費に入ってないけど、割引しますって、クーポンを
くれたっけ。)
でも、一番安くても15ドル以上する。
(えーと、20%オフって書いてあったけど、税金とかサービス料が入るし・・)

周りを見渡すと、売店のまえに、ガラスのショーケースが出ていて、
クロワッサンやドーナッツを売っている。
(これを買って、部屋でコーヒーを入れて飲もう)
値段を見ると、どれも1.5ドルと書いてある。
リサはアーモンドスライスのまぶしてあるクロワッサンを1つ買うと
部屋に戻った。

部屋にあるコーヒーは、聞いたことの無いインスタントコーヒーだったので
紅茶を入れることにした。

(きっと、おじいちゃんも、出張さきではこんなだったんだろうな)
リサは、行きの飛行機の中で聞いた、祖父の話を思い出した。

朝早く、取引先が迎えにくるので、折角のホテルの朝食を
楽しむ余裕がなくて、いつも朝食は部屋で簡単にすませていたこと、
祖母と旅行すると、どこのホテルも航空会社も上得意客扱いなので、
ちっとも出張のたいへんさをわかってもらえなかったこと・・

アメリカンサイズのクロワッサンを食べ終わると、もう十分お腹は
いっぱいになった。
部屋をかたずけ、身づくろいをおわると、もう8時半だった。
フロントに下りていくと、ちょうど、昨日のラウンジの蝶ネクタイが
通りかかって、リサに気が付いた。

「Goodmorning.」「Are you Checking out?」「Yes I do.」
蝶ネクタイは、てきぱきとカウンターの係員に指示して、リサのチェックアウト
をすませた。

さっき、バスの時間を教えてくれた、ベルボーイが飛んで来て、
リサの荷物を車に積み込む。

リサは1ドル渡すと、「United international please」と言った。
ベルボーイは、ドライバーになにやら指示してから、ほかの客
の荷物にとりかかった。

数名の客をのせた小型バスは、空港に入ると、すぐに止まった。
「This is United international」
リサは、あわてて、車から降りると、ドライバーにチップを渡して、
荷物を受け取って、ターミナルビルに入った。

いきなりリサのまえに、制服の男が二人現れて、行き先をさえぎった。

「Your Ticket and Passport Please」
男の言葉は丁寧だったが、どことなく威圧感がある。
リサが航空券とパスポートを渡すと、写真と見比べて、航空券に、
なにやらマークをした。
見回すと、まわりでは、ターミナルに入ろうとする乗客は、すべてチェック
されている。

制服の男の片方が、OKと言って、行って良いという身振りをしたので、
チェックインカウンターの場所を聞いてみた。
男が指差した方には、長い列が出来ている。
表示を目で追うと、どうやら国際線のエコノミークラスは、
長蛇の列になっていて、閑散としている隣のビジネスクラスと
ファーストクラスの入り口では、長い列に音を上げたエコノミーの客を、
係員が長い列に追い返している。

(あー、おじいちゃんといっしょだったらなー)
あらためて、祖父にくっついていたことのメリットを痛感する、リサ。
のんびりしてたら、飛行機にのれなくなっちゃうと、リサも列の最後尾に
並んだ。

のろのろすすむ列について行きながら、りさは、ときどきビジネスの
方へ誘導される人がいることに気が付いた。

航空会社のユニフォームを着た人が、列の途中でなにか呼びかけて、
ビジネスの列に移動させている。
(あれ、赤ちゃんをつれたお母さんが移動した。今度はお年寄りの
グループだ。あれ、あの人は、若くて一人なのに、なぜだろう?)

やがて、航空会社の係員がリサの数人まえのところにきた時に、
だれかが声を掛けて、ビジネスの列に誘導された。
(あれ? 東京なんとかって言ってたみたい)

リサは思い切って、声を掛けてみた。
「Excuse me, I'm going to Tokyo Narita」
航空券とマイレージのカードを差し出すと、リサの荷物を
ちらりと見た係員は、OKと言って、ビジネスの列を指差した。

リサがスーツケースを押して、ビジネスの列の前まで行くと、
別の係員に押しとどめられた。
「Sorry, Business class only」
ここで、もとの列の最後尾に戻されたらたいへんと、
「She said me move here」と、エコノミーの列を捌いている係員を
指差すと、あっさり「OK,Welcome」と、通された。

荷物をチェックインして、シートの希望を聞かれたので、
非常口座席を希望すると、なにやら質問してくる。
どうやら、緊急時に乗務員の手伝いが出来るかと言ってるようだ。
「Yes,In case emergency,I will work with crew. This is my pleasure」
どうやら、この回答で正解だったようで、非常口の窓側の席を
アサインされた。

出国手続きというほどのことは何も無く、入国したときのカードは、
チェックインカウンターで、搭乗券にホッチキスでとめられ、
リサに渡された。

X線検査を通過すると、靴を脱がされている人がいた。
リサは、ハンドバックの中を確認されたが、ちょこっと中をのぞいた
だけで終わった。

(うーん、まだ1時間半もあるけど、あのまま並んでたら、ぎりぎり
だったかもね)

免税店やブックストアの周りを歩いていると、公衆電話が並んでいる。
リサは小銭入れのなかに、25セント硬貨がたくさんあるのを思い出し、
日本に電話してみることにした。

(えーと、国際電話は011だっておじいちゃんに教わったから、
011-81-45・・・)
受話器の向こうから聞こえてくるのは、なつかしいNTTの呼び出し音だ。

「もしもし、わたし、リサ、おかあさん?いま、ロスの空港だよ」
ありったけのコインをいれておいたのに、ちょっと雑談していると、
信号音がなりだした。
あわてて、次は成田でかけると伝えて、電話を切った。

空港内をうろうろしながらゲートまで歩いてくると、
もうすぐ搭乗開始するというアナウンスが流れている。

やがて、早々と行列していたエコノミークラスの乗客の後について
リサも機内へと入った。
(この飛行機は、来たときよりも小さいのね。2階席がないもの)
リサのアサインされた、41列K席は、後ろのほうの非常口席だった。
通路側の41列H席の、きざなサングラスの男が話しかけてくる。
「真ん中の席は、ボクがブロックしてもらってるから、荷物を
置くのにつかってください。今日は80%くらいの搭乗率だから
大丈夫ですよ」

ブロック? そういえば、チェックインカウンターでも、
そんなことを言っていた。
「We block 41J, so you can relax.」

リサが無視しているのに、サングラスはまだ、ごちゃごちゃ言っている。
(ちょっと、びびらして、黙らせよう)

「あら、私も41Jをブロックするように、リクエストしておいたんですよ。
UAは、ずいぶん乗ってらっしゃるんですか?」
「いやー、こっちに仕事があるもんでね」

(へー、でも、エコノミーに乗ってるんじゃ、たいしたことないじゃん)

「すごいですね、しょっちゅうロスにいらっしゃるんでしょ?
じゃあ、うちの祖父みたいに100Kメンバーとかになってらっしゃるんでしょ?」
「わたしなんか、その時の気分で適当に出かけてしまうから、いつも航空会社が
ばらばらで、ちっとも上級会員になれないんですよ。
おかげで、めったにアップグレードされなくて」

100Kメンバーが効いたのか、サングラス男は黙ってしまった。
通りかかったCAに毛布と枕を持ってきてもらい、食事のときには
起こしてくれるように頼むと、リサは、毛布をかぶって、狸寝入りを
はじめた。

ここ数日の緊張がほぐれたせいか、リサは本当に眠っていまい、
CAに揺り起こされると、ミールサービスが始まっていた。

Japanese style の魚か、Chinese style の肉かといわれたので、
肉と赤ワインを選んだ。

食事のあとで、機内誌をめくっていると、機内販売のページに
割引券が綴じこんである。
「マイレッジ会員は、この券を提示すれば、買い物の金額によって、
割引になります」

リサは使い残したドルで、なにが買えるかチェックしてみた。
ミニサイズのリップグロスのセットが、ちょうど買える。
(これ、お友達に配るのに、ちょうどいいわ)

ワゴンを押してきたCAから、割引で買い物をすると、
ちょうど2ドル札が1枚だけ残った。

(あ、これ、おじいちゃんからもらった2ドル札だ。とっておこう)
祖父から、2ドル札は運がよくなる札、と聞いていた。
(だから、あまり流通してないのかもね)

行きより帰りのほうが時間がかかるはずなのに、いつのまにか
時間が過ぎて、後ろのほうからいいにおいがしてきた。
しばらくするとアナウンスがあり、到着前の軽食が配られた。

やがて、高度を下げてきた機体の窓から九十九里浜の海岸が見えてきた。
(あーあ、帰ってきちゃったんだ)

リサの乗った飛行機は、滑走路に降りた後も、しばらく地上を走行し、
やがてゲートへとたどり着いた。

隣のキザなサングラス男は、携帯電話を使おうとして、CAに注意されていた。

(どうせ、預けた荷物を引き取らなくちゃならないんだから、
あわてることは無いわ)

リサは、ゆっくりと支度をして、飛行機を後にした。

他の到着客の後に付いて、入国審査を通り、バゲッジクレームまで行くと、
ちょうど、荷物が出てきたところだった。

どうせ、後のほうになるだろうと高をくくっていたリサは、自分の
スーツケースが目の前を通過していくのに気が付いて、あわてて追いかけた。

スーツケースをよっこらしょ、とコンベアから降ろすと、ちょうど
隣で同じようにスーツケースを降ろしているすらっとした女性と目が
会った。

軽く会釈すると、相手も会釈を返す。
なぜか、連れ立つように税関検査台へと移動した。

ちょうど、ツアー客がハワイから到着したのに重なったらしい。
アロハをきたおっさんやら、パイナップルの箱を山ほどワゴンに
乗せたおばはんやらでごったがえしている。

税関の係員も、対応に追われている。
(これじゃ、しばらく待たされそうね)
ふと、となりの課税の検査台を見ると、ちょうど手の空いた検査官と
目が合った。

(あ、おいでおいでをしてる)
リサは、自分の前に並んでいるさっきの女性に声をかけた。
「あっちの課税のほうで検査してもらっちゃいましょうよ」

リサが指差すほうを見て、その女性もその気になったらしく、
ふたりはスーツケースをごろごろ押して、となりの検査台へ移動した。

「お二人ご一緒ですか?」
検査官は、友人同士かと思ったらしい。
先に検査官の前に立った女性は、首をかしげて、なにか
英語でつぶやいた。
「飛行機は一緒ですけど、知り合いではありません」と
リサがフォローすると、検査官は英語の質問に切り替えた。
特に荷物を開けるでもなく、検査は終了した。
リサの番になると、もっと簡単で、あっという間に「はい。結構です」と
言われた。

スーツケースを押して外へ出ると、さっきの女性に話しかけられた。
「Can you tell me how to get the train to Tachikawa?」
「Yes I can. Let's go to the station and buy ticket」

地下の成田空港駅は、JRと京成の切符を買う人たちで、にぎわっていた。
リサは、歩きながら自己紹介した。
ロスからサンディエゴを回って帰ってきたと言うと、
ステファニーというその女性は、自分もサンディエゴに住んでいて、
立川で働いている夫に会いに来たという。

「ミリタリー?」と聞くと、「ワーキング イン ナ カンパニー」
だという。

窓口で、成田エクスプレスの切符を買い、連れが立川まで行くからと、
リサは東京までの切符にして隣同士の席にしてもらった。

リサがクレジットカードで支払いするのを見て、ステファニーは、
日本では現金だけだと聞いてきたので、アメリカで両替してきたが、
だったら自分もクレジットカードで支払うという。
サンディエゴの友人によると、日本の鉄道はすぐれているが、
カード支払いのできないのが唯一の欠点だとおそわったそうだ。

ホームにおりて、壁にはってある地図を指差し、東京まで
一緒に行って、中央線にのせてあげるから、立川で降りるんだよと
説明すると、安心したようだ。

車内では、ステファニーに質問攻めにあった。
車内販売におどろき、検札の車掌が切符を売る様子に感心し、
トイレから公衆電話までおもしろがった。

ふと、ステファニーは、電話を見て言い出した。
仕事で迎えに来られなかった夫に電話したい。
最近テレフォンカードなど使ったことの無いリサは、
カードを買わないといけないことを説明しようとすると、
ステファニーはハンドバッグからテレカをとりだした。

事前に教わってきたのか、メモを見ながら電話をかけている。
相手はすぐに電話にでたらしく、なにやら話していたが、
突然リサに代われという。
「コンニチハ! ステファニーをヨロシクおねがいします。
トウキョウ駅は何時につきますか?」
片言の日本語を話すステファニーの夫に、成田エクスプレスの到着
予定時間を教えると、中央線にのりかえて、立川に着く時間を
予測して、立川駅に迎えにいくという。

リサは相手の電話番号を聞いて、東京駅でステファニーを
見送ったら、連絡すると約束した。

リサが横浜に住んでいると言うと、ステファニーは、
横浜には知り合いがいるから、今度紹介すると言う。
二人は電話番号を交換し、東京駅の中央線ホームで別れた。

「リサ・・ニールさんがもういらしたわよ。早く降りてらっしゃい」
母が呼んでいる。
あれから、半年。
リサは、留学の準備を進めている。
今日は、ステファニーに紹介されたニールが、
厚木基地の知り合いのところへ連れて行ってくれる約束の日だ。

「おかあさん、ちょっと待っててもらって。今、アメリカの
大学に出す、書類の印刷をしてるの。ニールにチェックしてもらうんだ。」

「早くしなさい。お待たせしたら、失礼でしょ。」

プリンターが吐き出した、自己紹介文を持って、階段を下りながら
思わず半年前のことを思い出した。

(おじいちゃん、リサもがんばってるよ。天国で見守っててね)

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